異世界転生×ユニークスキル トラック野郎で無双する!?
月神世一
第1話
その死、バナナの皮より滑稽に
長く続くアスファルトの道。鏡山純(かがみやま じゅん)、25歳は、相棒である10tトラックの心地よい振動に身を任せていた。高卒で陸上自衛隊に入隊し、准尉まで務め上げた経歴を持つ彼は、今やこの鉄の塊を己の手足のごとく操るプロのトラックドライバーだ。
「よし、次のパーキングで昼にするか」
数日にわたる長距離運行の疲れを癒すべく、純はウインカーを出し、滑らかにトラックを駐車スペースに滑り込ませた。エンジンを止めると、辺りを満たしていた重低音が消え、代わりに蝉時雨と人々のざわめきが耳に届く。
「はぁー…うどんでも食うかぁ」
運転席から降り立ち、固まった体を伸ばす。夏の強い日差しがジリジリと肌を焼き、アスファルトが陽炎を揺らめかせていた。財布をポケットに突っ込み、フードコートへ向かおうと歩き出した、その時だった。
ゴゴゴゴゴ……!!
背後で、ありえない音が響いた。
純が止めたはずの、サイドブレーキも完璧に引いたはずの愛車が、まるで生き物のようにタイヤを軋ませている。
「なっ…!?」
純が振り返った先に広がっていたのは、物理法則を完全無視した光景だった。
駐車スペースのど真ん中に、なぜか落ちている一枚のバナナの皮。
その皮を、愛車の前輪が見事に、そしてゆっくりと踏みつけたかと思うと、次の瞬間。
ギュルルルルルルンッッ!!!
10トンを超える鉄の塊が、フィギュアスケーターもかくやという華麗さで、その場で錐揉みスクリュー回転を始めたのだ。遠心力でコンテナが唸りを上げ、タイヤはアスファルトの上を滑るというより、舞っている。
そして、その回転の勢いを推進力に変えたトラックは、一直線に、持ち主である純に向かって猛然と突っ込んできた。
「バカなあああ!?」
自衛隊で叩き込まれた危機回避能力も、戦車すら乗りこなす運転技術も、この超常現象の前では全くの無意味だった。己の愛車が、ありえない挙動で自分を殺しに来る。純の思考は完全にフリーズし、ただ迫りくる鉄塊を呆然と見つめることしかできなかった。
衝撃と轟音。純の意識は、そこでぷっつりと途絶えた。
審判の場
気が付くと、純はどこまでも白い、柔らかな光に満たされた場所に立っていた。目の前には、透き通るような水色の髪をなびかせ、この世のものとは思えぬ美貌を持つ女性が、慈愛に満ちた笑みを浮かべて佇んでいる。
「ようこそ、鏡山 純さん」
その声は、まるで清らかな鈴の音のようだった。彼女が女神であると、純は直感で理解した。
「え!?お、俺は…そうだ、トラックが錐揉みスクリューして俺に…!」
混乱する頭で、死ぬ直前の光景を思い出す。女神は、純の言葉にこくりと頷いた。
「はい!貴方はご自身のトラックに轢かれてお亡くなりになりました!おめでとうございます!」
「違うだろ!断じて違う!あんなものが『轢かれる』なんて生易しい言葉で収まるわけがない!っていうか、おめでとうって何だ!……まさか、貴様の仕業か!?」
純の鋭い問いに、女神は「あっ」という顔で口元に人差し指をあて、悪戯っぽく笑った。
「えぇ、バレちゃいました?最近、異世界転生っていうのが下界で流行っているらしくって。私も一度、神様パワーで人を『殺って』みたくなっちゃったんです」
「何だコイツ!ただの殺人鬼かよ!」
あまりにも軽く、邪悪な動機。純の怒りが沸点に達するが、女神は全く意に介さない。
「まぁまぁ、そんな細かいことは気にしないで。私、貴方のために良いスキルを用意しましたから!」
「そんな事より、じゃねーよ!人の命なんだと思ってやがる!」
「まず、言葉が通じないと不便でしょうから【言語理解】。そして、目玉スキルがこちら!【トラックスマッシュ】です!」
女神がパチンと指を鳴らすと、純の脳内に直接情報が流れ込んでくる。
「トラック…スマッシュ?」
「はい!貴方が念じれば、いつでもどこでも、かつての愛車と同じ10tトラックが召喚できるという代物です!便利でしょう?」
「何だそりゃ!?異世界にトラック持ち込んでどうしろってんだよ!」
「あ、もう時間ですね。詳しい使い方は、現地で色々試してみてください。では鏡山純さん!第二の人生の舞台、剣と魔法の世界『アナステシア』へ行ってらっしゃーい!」
女神が軽やかに手を振ると、純の足元に眩い光を放つ魔法陣が展開される。体が浮き上がり、意識が急速に遠のいていく。
「待て!ふざけるな!この人殺し女神ぃぃぃぃぃ!!」
純の怒りの絶叫は、白い世界に虚しく響き渡る。
元自衛官・トラック野郎、鏡山 純。その異世界でのキャリアは、理不尽と怒りのどん底から幕を開けたのだった。
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