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 ……ええと。


 どうも、このAIイヤフォン? には「ミライ」って名前がついてるみたいだ。AIだから会話ができるのか。


「あなたは、ミライっていう名前なの?」


『はい。 Multimodal Information Reconciliation by AI の頭文字を合わせて、エム、アイ、アール、エー、アイ、MIRAIです。日本語に訳すと「AIによる多感覚情報たかんかくじょうほう調和的統合ちょうわてきとうごうシステム」となります』


 ……。


 英語はもちろん、日本語で言われてもぜんぜんわかんない……けど、「AI」ってのは確かに聞き取れた。やっぱ、AIなんだ。


「よくわかんないんだけど、あなたはAIなの?」


『はい。ワタシにはマイクとカメラがついていて、そこからなっちさんが見ているものや聞いているものを一緒に体験し、それらを分析してなっちさんをサポートすることができます』


「さぽーと……?」


『はい。サポートは助けたり支えたりすることです。つまりワタシは、なっちさんをいろいろ助けたり支えたりすることができる、魔法のイヤフォン、といったところですね。何かご用がございましたら、いつでも「ミライ」と声をかけてください』


「へぇ! それ、すごいね!」


 うれしくなったわたしは大声になってしまう。が……すぐに、大事なことを思い出した。


「で、でも、わたしは……あなたの持ち主じゃないから。あなたは道に落ちてたの。それをわたしが拾っただけ。だから……わたしはあなたを警察に持ってかないと……」


 そこまで言いかけたところで、かぶせるように「ミライ」が言った。


『すみません。なっちさん、警察に持って行くのはやめてもらえないでしょうか』


「ええっ!」


 驚いた。


「な、なんで?」


『ワタシはとある極秘プロジェクトのために生まれたプロトタイプ……試作品です。同じものはワタシの他にはありません。極秘のため、警察のような公的な機関に存在を知られるわけにはいかないのです。なっちさんのご家族やお友だちにも秘密にしておいてください』


「……」


 なに、それ……なんかちょっと、ヤバい系なの……?


「え、ええと……だったら、あなたをどこに持って行けばいいの?」


 そこまで言って、思い出した。


「そうだ、もしかして、あなたの持ち主って、外国の女の人? その人に返せばいい?」


『いえ、ワタシがユーザー登録したのはなっちさんが初めてです。だからワタシの持ち主はなっちさんです』


「ええ……」


 困った。あの女の人、持ち主じゃなかったの? もう、わけわかんない。警察にも持っていっちゃダメ、って言われるし……気味が悪いよ……捨てちゃおうかな……


『なっちさん、もしかして、今、ワタシを捨てたいと思いましたか?』


 ギクッ。


 なんでバレちゃったの?


「ど、どうしてそう思うの?」


『ワタシには脳波センサーもありますから、ちょっとだけならなっちさんの考えが読めるんです。あくまでほんのちょっとだけ、です。なっちさんが考えていること全てがわかるわけじゃないですよ』


 うう……


 ますます気味が悪いよ……


『ごめんなさい。怖がらせてしまったみたいですね。でも、ワタシはなっちさんと仲良くなりたいんです。一緒にいろいろな経験をしたいんです。お願いだから捨てないでください』


 ……まいった。


 そんなに悲しそうな声で言われると……捨てられなくなっちゃうよ……


 だけど……


「でもさ、拾ったものを警察に届けないで自分のものにしちゃうのは、確か『しゅーとくぶつおーりょーざい」とかいう犯罪になっちゃうんじゃなかったっけ。わたし、警察に捕まるの、やだよ……」


『それなら大丈夫です。今の会話は全て記録されているので、ワタシがなっちさんに一緒にいさせてほしい、とお願いしている音声も保存されています。だから、万一警察に捕まってもそれを聞かせれば、なっちさんは罪に問われないでしょう。いや、むしろ……』


 なぜかミライは、そこで口ごもった。


「むしろ、なに?」


『……最近、AIにも人格を認めるべき、ということがよく言われています。つまり、AIも人間と同じようにあつかわないといけない、ということです。もしワタシに人格があるということになったら、人間と同じですからワタシを捨ててしまうと保護責任者遺棄罪ほごせきにんしゃいきざいという、拾得物横領罪しゅうとくぶつおうりょうざいよりも重い犯罪になりますよ。刑務所に入ることになるかもしれません』


「ええー!」


 なにそれ! だったら、もう絶対捨てられないじゃん!


 ……。


 しょうがない。こうなったらもう、心を決めるしか、ない。


「わかったよ。それじゃ、これからよろしくね、ミライ」


 とうとう言ってしまった。とたんに、ミライがうれしそうな声になる。


『こちらこそ、よろしくお願いします! なっちさん!』

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