19歳・❶「山羊座12位」
学校は午後からだった。
大きなあくびをしながら、下へ降りていく。
「…おはよう」眠い目をこすりながら、キッチンへ向かう。
「おはよう、唯。またゲーム?」
お母さんの呆れた声が返ってきた。
「…まあね」そう言いながら、焼けた食パンをかじる。
「ほどほどにしないと、パソコン取り上げるからね!」
チッ、っと聞こえるように舌打ちしてやった。
「誰に似たんだか…」
と、お母さんの哀れんだ声が返ってくる。
「やだ、もうこんな時間!」
「何で言ってくれないの!お母さん、これで仕事だから!」
時計を見ると、7時半をまわっていた。
「じゃあ、戸締りしっかりね!学校、遅れないように!」
ヒステリックにそう叫びながら、急いで出ていってしまった。
「慌ただしい人…」
煙草に火をつけ、なんとなくテレビをつけた。
朝の情報番組で、占いコーナーがやっていた。
『残念〜。今日の12位は山羊座のあなた』
「なんだよ…ついてない」
ふぅーと、息を吐く。
『昨日の出来事でトラブル発生〜。何事もリカバリーを忘れずに。そんな山羊座のラッキーアイテムはアルファベットのキーホルダー』
そこでふと、冷蔵庫に貼ってあるクシャクシャなメモに目をやる。
『今日の山羊座は12位』
「…え?」
乱暴に書かれたその文字を見た瞬間、背筋がすっと冷えた。
『今日もよい一日でありますように!』
アナウンサーの甲高い声が、ずいぶん遠くから聞こえた気がした。
「何このメモ…」
昨日まで、こんなものは見かけなかったはずだ。
指先が震え、咥えていた煙草が落ちる。
思わず後退りしながら、背筋に冷たいものを感じた。
「気持ち悪い」そう思い、メモを破り捨てた。
『続いてはお天気コーナー!』
はっと、テレビからの音で我に変える。
「急がないと」
慌てて火を揉み消し、準備する。
12月も間近に迫り、最近はすっかり冷え込んできた。
校門をくぐると、担任の先生と行き合う。
「こんにちは。春原さん。今日は冷えるね」
「こんにちは。ほんと寒いですね…。手袋してくればよかったです」
行儀良く、そう言う。
何気ない会話だが、どこか落ち着かない。
ポケットに入れた手が、破り捨てたはずのメモを探している。
(…おかしい。確かに捨てたはずだ)
授業を受けていても、どこか上の空だった。
ふと、ノートの端に目をやる。
『山羊座12位』と、走り書きされていた。
(…なんなの?)
流石に気味が悪い。
何気なく、窓の外に目をやる。
街路樹の中に、こちらを見ている黒い人影を見つける。
横には大型のバイクが停まっていた。
その影にどこか懐かしみを覚えつつ、気がついた時には消えていた。
胸の奥が、寒さとは違うざわめきを感じていた。
「そのキーホルダー、可愛いね」
鞄につけられた、『TY』の文字を見て、帰り際クラスの女子が話しかけてきた。
「お守りなんだ。これ」
「そうなんだ。でもボロボロだよ。変えたりしないの?」
「大切な人からもらったんだ。捨てたくないんだよ」
その『大切な人』を、わたしは遠い昔に忘れてしまった。
『TY』のキーホルダーをぎゅっと握る。
胸の奥が少し痛む。
潮の香りがふと頭をよぎり、遠くでバイクの排気音がしたような気がした。
遠い記憶が蘇り、なぜか涙が出てきた。
「…誰だったんだろう?」
問いかけたその言葉は、冬の風にかき消され、胸の奥にだけ残った。
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