8月17日、実家にて。
夜は眠くなるから日中の内に書いておきたいと思ったのに、もうこんな時間だ。現在夜22時過ぎ、明日は一人暮らしの場所に帰る。実家の自室でエアコンを付けずに外の風と扇風機で涼むのは気持ちが良い。この快適な夜の時間をしばらくは過ごせないと思うと、少し憂鬱になる。
14日に実家に帰省してから今日になるまでとても早かった。
14日は祖父母の家で親戚と一緒に食事をした。久々に会った親戚たちは元気そうでひとまずは安心した。だが、確かな変化もあった。
数年前まで恥ずかしがりやの幼子だった少女たちは年相応の可愛らしい学生になっていた。美しく成長した彼女たちを見て、嬉しさと寂しさが同時に感じられた。元気に育った嬉しさと、以前のように気軽に話しかけてくれなくなった寂しさ。成長とはそういうもので、私もそういう時代があったのだろう。だが、寂しいものは寂しい。けれど、幼い頃とは違う距離感で話をしてくれる日がいつか来てほしいなと、そう思う。今後の彼女たちの成長が楽しみだ。
祖父母や親戚の叔父の体は、年々少しずつ細くなっていく。まだまだ元気だ。だが、「老い」を間近で見るのは少し堪えた。身勝手ながら「死」の気配を感じてしまうから。置いて逝かれるのは一番嫌いだ。けれどそればかりはどうしようもない。だから、もっと会いに帰ろうと思った。特に祖父母の元へは。そしてもっと話をしたい、他愛のない会話を。その時が来るまで、たくさん話をしたいと思った。
15日から17日は実家でのんびりと過ごした。家事をしたり一緒に食事を摂ったり眠い時は昼寝をしたり部屋の片づけをしたり。色々やることはあったが穏やかなものだ。普段の生活の忙しなさとは違うそれを、存分に堪能した。
やるべきこととやりたいことがあるから実家を離れて別の場所で暮らしている。そう決めたのは他でもない私だ。色々あって決めた生活。けれども、長期休暇を生まれ育った家でのんびりと過ごす事のなんと心地よいことか。そして、それを許され受け入れられることのなんと幸福なことか。
満たされた日々だと思う。そう思えることもまた、幸福なことだ。
英気を養い、明日からはまた、元の場所で過ごす。
やるべきこととやりたいことのためには大変なことがたくさんあるだろう。少し気が重くなるが、気を楽にして進んでいけたらいいなと思う。相応の焦燥感もついてきてしまうが、それは仕方がない。
突然だが、よく私は「旅路」という言葉を使う。
私にとって旅路は、人生だ。今まで日々を積み重ねてきた軌跡だ。何気ない自分の人生がかけがえのないように感じられるから、「旅路」という言葉は好ましく、愛おしく感じる。
楽な旅路ではなかった。人一倍苦しみと後悔があったが、それ以上の幸福もあった。どんな日々でも積み重ねて、私は人生という名の旅路をこれからも歩む。
なんて格好つけて書いては見たものの、正直にいうと休みが終わるのが凄く嫌だ。実家はとても涼しいしだらだらできるから帰りたくない。あーあ、かえりたくないなぁせめて夏が終わるまで実家で過ごさせてくれないかなあ。無理です。現実は非常なり。
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