第10玉

第10玉「俊足」



週末の「シルバー世田谷」。

朝の駅前には今日も200人を超える列が伸びていた。

玉男は抽選箱を前に拳を握りしめる。


「坂井……今日も来てるんだな」


岡田が周囲を見回す。

姿は見えない。だが、黒い影の“気配”だけが行列全体を緊張させていた。


抽選の結果――玉男は“21番”。

まずまずの番号だが、安心などできない。

だが今日の玉男はXYZマートで買った

俊足を履いていた


「……よし。今日は絶対に負けない」



入場開始。

自動ドアが開いた瞬間――玉男は地面を蹴った。


(坂井がやるなら、俺もやる……!

俺の俊足で突破する!)


全身のバネを使い走り出す。

大学時代に鍛えた短距離走のフォームが蘇る。

低く構え、足の回転を最大に、一直線に島を目指した。


その横を――風のような黒い影が滑り込む。


「やっぱり来たか、坂井!」


忍者走り。

坂井は人混みを縫い、ついには壁をも走り出す。

常連たちがざわめく。


「うわっ、忍者が走ってる!」

「また角台取られるぞ!」



だが今日は違う。

玉男は事前に最短ルートを頭に叩き込んでいた。

人波の隙間をバネのように弾みながらすり抜け、最後の直線――体をひねりながら島へ突入。


「――っ!!」


ついに、玉男と坂井が同時に「海物語」の島の前に立った。

わずかな間合い。

静まり返るホール。


坂井がニヤリと笑う。

「やるな、兄ちゃん。

でも、俺の忍術はまだまだ上だぜ」


そういうと坂井は台確保権を手裏剣のように持ち変える。


同時に玉男も自らの確保権をサイドスローで投げ込む!


「……今日は譲れねぇ。

これが俺の一球入入魂だ!!!」


坂井の確保権は玉男のサイドスローに弾かれる



「おおおっ……!」

見守っていた常連たちがどよめく。


岡田は興奮で叫ぶ。

「やったぞ玉男! 忍者から角台をもぎ取った!」


坂井は肩をすくめ、苦笑した。

「今日は一本取られたな……。だが次は、こうはいかないぜ」



熾烈な台取りバトル。

勝利を掴んだ玉男の胸に、新たな自信が芽生えていた。


「これが……シルバー世田谷の戦場。最高だ!」


週末の朝。

わずか数秒の攻防こそが、ヒッターたちの誇りと魂のぶつかり合いだった。

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