第8玉

第8玉「初めての、抽選」



早朝――

薄曇りの世田谷。

駅前にはすでに「シルバー世田谷」の行列が伸びていた。


普段なら寝ている時間。

だが、玉男は岡田と並び、慣れない朝の空気を吸い込みながら列の最後尾に立っていた。


ざわつく行列。

軍団のリーダーらしき男が仲間に指示を飛ばし、スーツ姿のサラリーマン風の男は無言で腕を組み、学生らしき若者はスマホで機種情報を確認している。


そこには“日常”とは違う、独特の緊張感が漂っていた。


「なんか……修学旅行の集合みてぇだな」

岡田が苦笑した。


玉男は深く息を吸い込み、呟く。

「これが地域一番店の朝か……」



やがて抽選の時が訪れる。

店員が差し出す抽選箱に、列の客たちが順番に手を入れていく。

番号を引くたびに、歓声と落胆の声があがる。


そして、玉男の番が来た。

「頼む……!」


拳を握りしめ、一枚を引き抜く。

紙を開くと――“7番”。


「……っ!」


思わず声を詰まらせた玉男の背中を、岡田が叩く。

「マジか、やったな! これならメイン機種いけるぞ!」



入店の号令。

行列が一斉に動き出す。

玉男は胸を高鳴らせながら、まっすぐ“海物語”のシマへ駆け込んだ。


「座れた……!」


角台――。

そこに腰を下ろし、ゆっくりとハンドルを握る。

まわりはパチプロ風の男や、軍団の若者たち。

だが玉男は怯まない。

自分の直感と度胸を信じるだけだ。



その日の玉男は冴えていた。

朝イチの軽い当たりを皮切りに、派手な演出を次々とものにし、大きなハマりもなく出玉を積み上げていく。


背後で岡田が嬉しそうに解説する。

「やっぱ朝イチは有利だよな。釘もまだヘタってないし、台が一番元気なんだ。

玉男みたいにスタイルを崩さねぇ奴が、こういうときに伸びるんだよ」



昼過ぎ。

ホールのランキングボードに、ついに玉男の名が浮かんだ。


「本日出玉ランキング 45位:金田玉男」


「やったな、50位以内だ!」

岡田がガッツポーズを決める。


玉男も、はにかみながら岡田とグータッチ。

胸の奥にじわりと熱が広がった。


「抽選が良ければ地域一番店でも戦えるな・・・」


二人は静かに拳を握り、次なる戦いに赴く。

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