ヒッター伝説玉男

xyZ

第1玉

第一玉「覚醒」


2021年東京

夕暮れに赤く染まる空の下、大学2年の 金田玉男(かねだ・たまお) は駅前のコンビニで、友人の岡田とだらだら立ち話をしていた。


「なあ、玉男。パチンコ、やってみねぇ?」


唐突な誘い。

玉男は少し眉をひそめる。


──パチンコ。


それは父親から「絶対にやるな」と言われてきたものだった。

真面目なサラリーマンの父は、いつもこう繰り返していた。


「あんなものは人をダメにする毒だ。絶対に近寄るな」


玉男は反発心も抱かず、これまで従ってきた。

授業はサボりがち、将来の夢もなく、ただ日々を無為に過ごす自分にとって、それは「手を出す理由もない遊び」でしかなかったからだ。


だが、その日は違った。

岡田の誘いに、なぜか胸の奥がざわついた。


「……一回だけ、な」

気づけば足が勝手に動いていた。



自動ドアが開く。

熱気と騒音が一気に押し寄せ、玉男の全身を包んだ。


「すげえ……」


眩いネオン、じゃらじゃらと流れる銀の玉。

ただの遊技場ではない。ここは人間の欲望が渦巻く“戦場”だった。


岡田が慣れた手つきで台を選ぶ。

「今日はイベント日だから、狙い目多いぞ。これ打てよ、初心者向きだし」


指差されたのは『海物語』の角台。

玉男は素直に座り、1000円札を投入した。



最初は意味も分からず、岡田の真似をするだけ。

ハンドルを回し、玉が軌跡を描いて流れるのを眺める。


10分、20分……何も起きない。

「やっぱ、つまんねぇな」

そう思った矢先だった。


液晶が突然、まばゆい光に包まれた。

波が割れ、巨大な 魚群 が画面を横切る。


「リーチだ! 玉男、これ熱いぞ!」


岡田が叫ぶ。

だが玉男の耳には、もう騒音も声も届いていなかった。

心臓の鼓動だけが、静かに高鳴っていく。


直感に導かれるように、玉男はハンドルを少しだけ強く握った。



ドラムが揃った瞬間、轟音とともに液晶が虹色に輝く。


大当たり。

さらに確変。

玉が滝のように溢れ、ドル箱が積み上がっていく。


「……え?」

玉男は呆然とした。


だが、その後も当たりは止まらなかった。

一度、また一度と連続で引き寄せるように続く。


岡田が目を見張る。

「お前……ビギナーズラックじゃねぇぞ、これ……!」



ホールの空気が変わった。

隣の常連客が振り向き、スタッフがざわめき出す。


「おい、あの学生、止まんねぇぞ」

「出玉カウンター、壊れるんじゃねぇか?」

「遠隔……いや、ただの打ち方だとしたら……」


だが玉男は何も考えていなかった。

ただ無心で、集中し、台の“間”を読み取るようにハンドルを握っていた。

自分と台が一体化する感覚。

まるで玉の流れを操っているような錯覚すら覚える。



閉店間際、積み上げられたドル箱の山は、店の記録をあっさり更新していた。


エントランス横のランキングボード。

今日の出玉ランキングに、赤文字が躍る。


1位 金田玉男 88900発


岡田は絶句した。

「玉男……お前、今日から“ヒッター”だな」


玉男自身も信じられなかった。

だが、体の奥で熱い何かが沸き立っていた。


──父の言葉が頭をよぎる。

『パチンコは毒だ』

いや、違う。これは毒じゃない。

魂だ!


「……これが、パチンコのバトルか」


静かに、しかし確かな覚醒の夜。

金田玉男の“ヒッター伝説”が、ここに始まった。

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