第36話 再戦
二日後。サヤとブレイドは、再びダンジョンゲートの前に立っていた。
あの日、傷ついたブレイドを連れて脱出した時の光景が、サヤの脳裏をよぎる。
「またここに戻ってくるなんてね……」
つぶやいたサヤの声には、すでに覚悟の色が宿っていた。
ハンター専用の病院を退院したばかりのブレイドは、傷の具合を確かめるように腹を軽く押さえながらも、いつものように落ち着いている。
「魔王にほかのダンジョンへ逃げられれば、発見は困難になる。このダンジョンが消える前に倒すしかない」
言い切るその目は、数日前よりも鋭く、深い決意を帯びていた。
ゲートの周囲に人の気配はなく、ハンターの姿も見当たらない。ボスが討たれた後のダンジョンに、わざわざ足を踏み入れる者など、ほとんどいないのだ。
ゴンドウ達も全員無事に逃げられたそうだが、あんな目に遭った彼らが再び入るはずもない。
「……じゃあ、行くわよ」
サヤが先にゲートへと足を踏み入れる。それに続いて、ブレイドも無言で歩を進めた。
微かな霧のような光が二人を包み、世界の色が一瞬で変わる。
眼前に広がったのは、見慣れたダンジョンの内部。だが、気のせいかもしれないが、ゲートをくぐったばかりの浅い階層でも、魔王の気配のような、深く沈んだような重苦しい空気を感じてしまう。
サヤはスマホを取り出して、記録済みのダンジョンマップを表示させた。目指すは、最下層――魔王と戦ったあのボス部屋。
「私についてきて」
サヤが先導し、ブレイドがその背を追う。
途中、幸運にもモンスターに遭遇することはなかった。
二人は静かに、しかし確かな足取りで最下層へとたどり着いた。
そして――
ボス部屋の前に、二人は立った。
重厚な扉は開かれたままで、その先に広がるのは変わらぬ沈黙、変わらぬ気配。
深紅の髪。金色の双眸。まるで時間が止まっていたかのように、魔王はその場で、二人を待っていた。
「やはり戻ってきたか、勇者。そして、その従者よ」
「……誰が従者よ!」
ツッコミ混じりに叫びながら、彼女はスマホを操作し、バトルテクターのリミッターを80パーセントまで解除。胸元のホルダーにカチリと嵌める。
「私は従者なんかじゃない! ――ブレイドのパートナーよ!」
その手に、まばゆい光とともに霊子ハンマーが顕現する。その輝きは、かつてないほど鋭く、力強かった。
だが、魔王はサヤのことなどさして気にも留めていない様子で、ただブレイドを見据えていた。あくまで「敵は勇者一人」、そう言わんばかりに。
「従者の呼び名など、どうでもよい。……勇者ブレイドよ、ここで、貴様との因縁に終止符を打つ」
ブレイドは魔王の視線を真っ向から受け、ゆっくりと剣を抜いた。
「魔王! お前は、今日ここで、俺“達”が討つ!」
ブレイドの声は、熱と力に満ちていた。
サヤもまた霊子ハンマーを構え、肩にかかる重みを感じながら気を引き締める。手のひらに滲む汗は、恐怖からくるものではない――それは覚悟の証だった。
「さあ、第二ラウンド開始ってわけね!」
その瞬間、風が炸裂した。
二人が動く前に、魔王が地を蹴った。高速移動――いや、もはや瞬間移動に近い速度。巨体が突風のように現れ、刹那、ブレイドとサヤの間に割って入る。
「くっ――!」
咄嗟にブレイドが剣を振るうが、魔王はその攻撃を軽く受け流し、逆にブレイドの脇腹へと黒き剣と化した右腕の刃を突き出す。
「させるか――!」
サヤが割って入り、ハンマーで軌道を逸らす。火花が散り、空気が震えた。
「従者にしてはやるな」
魔王は後方へ一跳びし、一旦距離を取る。
「貴様らの腕が確かなことは認めよう。だが、勇者よ、お前の
その言葉は、まるで勝利の宣言のように響いた。
「必殺の技を見切られた勇者よ、どう戦う? あの技なしで、一体どうやって我を倒すつもりだ?」
魔王の口元に、確かな嘲笑が浮かぶ。
「……俺達はお前を倒すために戻ってきた」
ブレイドの目が静かに光を宿す。剣を構え直すその動きには、一片の迷いもなかった。
「魔王、一つだけ教えてやる。必殺技を見切られたのなら、絶対に当たる状況で使えばいいだけだ」
「ふっ。この魔王を相手にして、そんな状況が訪れるとでも?」
言葉と同時に、空気が再び張り詰める。
次の瞬間――サヤが先んじて踏み込んだ。
地を這うような低い軌道で、霊子ハンマーが魔王の脚を狙う。
だが、魔王はそれを軽々と飛び越え、空中から逆にブレイドへと急襲する。
迫る闇の刃を、ブレイドの剣が迎え撃つ。鋼がぶつかり合う音が、広間に響き渡った。
魔王の一撃を防いだブレイドは、すぐさま距離を取る。
「サヤ、左から!」
「わかってる!」
霊子と剣、異なる二つの力が魔王を挟むように動く。
だが、サヤの目には――ブレイドの動きが明らかに鈍って映った。
(……やっぱり、万全にはほど遠かったんだ)
心配がないと言えば嘘になる。しかし、彼女はその心配を逆に闘志へと変える。
(なら――私が切り札になる!)
サヤはハンマーを構え、風のように疾駆した。
ブレイドが右から魔王を攻め、二人の剣撃が火花を散らす。その瞬間――サヤの一撃が、再び魔王を狙って滑り込んだ。
しかし、魔王はわずかに腰を捻り、それすらも回避。それだけでなく、即座にブレイドへと連撃を叩き込む。
「どうした、勇者! その程度で、我を倒せると思ったか!」
連撃の最後に、魔王の黒い剣が横一文字に薙ぐ。
「ぐっ……!」
咄嗟のバックステップで距離を取ったブレイドの額には、うっすらと汗が浮かんでいた。呼吸は乱れ、縫合された脇腹の傷が、無理な動きに反応して痛みを発していた。
「やはり、今の俺では、真正面からでは押し切れないか……」
それでも、ブレイドの目には焦りはなかった。
なぜなら、この戦いは、最初から「二人」で挑むと決めていたからだ。
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