第24話 一人になったブレイド
サヤが四人を倒す少し前――強制転移されたブレイドは、見知らぬ場所にいた。
床と壁の造りから、同じダンジョン内であることは間違いないだろう。だが、肌にまとわりつく空気の重さが違った。先ほどよりもずっと深い階層なのだと直感的にわかる。
そして、何より違うのは周りの気配だった。
影がそのまま実体を持ったかのような、異形の存在――この世界で「モンスター」と呼ばれる人型のモノが数十体。ブレイドの周囲を取り囲み、明確な殺意を込めた視線を向けていた。
「……この世界にも、移動魔法があったのか」
声を出してみると、喉や口に残っていた痺れがずいぶんと和らいでいるのがわかる。
「これならば――
試しに魔法を発動すると、淡い光がブレイドを包み込み、身体の大部分を支配していた痺れが完全に消失した。
転送される前にも試みてはいたが、その時は、口と舌の痺れのせいで正しい発音ができず、魔法は発動しなかった。
しかし今、完全に自由を取り戻したブレイドに、もはや恐れるものはなかった。
彼は静かに立ち上がると、首と肩を軽く回して感触を確かめ、ぐるりと周囲を見渡す。
「すぐに襲われていれば、俺も多少は苦労しただろうが……牽制し合ってどいつも動けなかったというところか」
モンスターに向けた言葉ではない。自らの思考を整理する独白だった。
ブレイドは、敵が最も密集している場所に向けて左手をかざす。
「
ダンジョンの壁さえ破壊した魔法が、敵の群れの中心で炸裂した。
轟音と共に爆心地がえぐれ、中心にいたモンスターは光の粒となって消滅。周囲の者達も四肢を引き裂かれ、肉片となって宙を舞い、淡い残光を放ちながら魔石に変わっていった。
「……ふむ。あのミノタウロスっぽくないミノタウロスほどでもない。雑魚か」
つぶやきが終わるや否や、残ったモンスター達が一斉に咆哮を上げる。明確な殺意と焦りが渦巻き、つい先ほどまで牽制し合っていた群れが、怒涛のごとくブレイドに殺到する。
「数は多いが――問題ない」
ブレイドは腰の剣を抜き放ち、一歩踏み出す。
一閃。
飛びかかってきた二体のモンスターが、まるで紙を裂かれるように両断された。
「
掲げた左手から放たれた魔法が、ブレイドを中心に嵐のような衝撃波を広げる。彼の近くまで迫っていた数十体のモンスターが宙を舞い、吹き飛ばされて岩壁に叩きつけられる。
吹き飛ばされず踏みとどまったモンスター達は、本能に突き動かされるようになおも向かってくる。
「……退かぬ心意気だけはよし」
言葉と同時に、ブレイドの姿が空気を裂いて前方へ疾走した。
「斬っ!」
剣が光の軌跡を描き、三体のモンスターを一瞬で断ち切る。残骸は光となって消滅し、魔石が地面に落ちる音だけが響いた。
背後を取ろうとした敵に、振り返りざまの横薙ぎ。跳びかかってきた敵がまとめて薙ぎ払われる。
「
低く響くような詠唱。
直後、十体近いモンスターがまるで見えない巨大な鉄球に押し潰されたかのように、呻きもなく圧壊する。
ブレイドの動きは止まらない。身体が霞のように揺らぎ、敵陣の中へ跳躍する。
「一、二、三……」
数えるごとに敵が斬り伏せられる。
跳躍からの回転斬りで複数をまとめて両断し、左腕に作り出した魔法の矢を放ち、遠距離の敵を撃ち抜いた。振り返りざま、刃が残像のように軌跡を描き、後ろから狙っていた敵を切り捨てる。
さらに、一息吐く間もなく、肩越しに魔法を放つ。
「
無数の光の矢が頭上に展開され、雨のように降り注ぐ。数十体のモンスターが逃げる間もなく光に貫かれ、そのまま残響すら残さず魔石と化して崩れた。
「お前ら、もっとこう……連携とかないのか?」
背後から迫るモンスターの腕を片手で掴み、関節を逆方向に折る。悲鳴を上げさせる間もなく地面に叩きつけ、頭を踏み砕くと、別の敵へと回転しながら斬りかかる。
「……魔王の配下のモンスターはもっと手強かったぞ」
剣閃一閃。返す刃で敵を真っ二つに斬り裂き、さらに飛びかかってくる者の首を掠めるように切断する。
刃の残光が敵の間を抜けるだけで、そこにいた者が遅れて裂け、魔石と化した。
「連携も戦術もない集団が、俺を止められると思うな」
斬って、斬って、また斬る。
全方位から迫る敵すら、空間ごと斬るような剣技で両断し、あれほどいたモンスター達が次々と消え、魔石へと変わり、地に落ちていった。
――やがて。
音が止んだ。動くものは一体もいない。漂っていた殺気も、戦気も、すべてが消えていた。残っているのは、床一面に転がる山のような魔石だけ。
ブレイドは剣をくるりと回して鞘に納め、一つ息を吐く。
「……終わり、か」
その声が、静まり返った空間に、はっきりと響いた。
ブレイドは、魔石の海を見下ろし、額に軽く手を当てる。
「サヤはこれを欲しがっていたな。しかし、これほどの量……どうしたものか」
その魔石の量は、下手なダンジョンを一つ攻略した分にも匹敵する。皮肉にも、ゴンドウの策略はサヤのために絶好の素材を用意する形となっていた。
「アイテムボックスさえ使えれば、何の問題もなかったのだが……。こっちの世界じゃ、全部自分で運ばなければならないのが一番の問題だな」
腕を組み、運搬方法に思案を巡らせながら、ブレイドは改めて部屋を見渡す。魔石をどうするかも問題だが、ダンジョン攻略こそ最優先事項だった。
しかし、周囲はすべて石壁に囲まれ、出入口らしきものは見当たらない。
「……見たところ、出口はなしか」
ゴンドウ達がこの場に転送装置のマーキングをできた以上、何らかの方法で出入りはできるはずだった。だが、数多のモンスターは力技で対処できたとしても、ダンジョンのギミック解除はそう簡単にはいかない。普通のハンターなら、ある者は己の経験や勘を使い、ある者はスキャン装置や解析システムを駆使し、脱出方法を探るところだった。
しかし、ブレイドには、この世界のダンジョンに関する知識も、便利なアイテムもない。
困り果てる――かと思いきや、彼の瞳に迷いはなかった。
「……ふむ、出口がないというのなら、作るだけのことだ」
ブレイドは壁の一角へ歩み寄る。重厚な石壁は、あらゆる者の脱出を拒むかのようにそびえていた。
しかし、彼の瞳には道が見えている。
静かに左手を壁に向けて掲げた。
「
轟音がダンジョンの奥底を揺るがす。直後、目の前の壁がまるで飴細工のように砕け、巨大な穴が穿たれた。
巻き上がる粉塵と破片の向こうに、どこに続くのかわからないダンジョンの通路が見える。
「やはり、脆いな。俺の世界のダンジョンなら、壁に魔法防御が仕掛けられていて、こんな簡単な手は使えないというのに……」
ブレイドにとって、この程度の出口のないトラップ部屋など、障害でもなんでもなかった。
だが、せっかく出口が開いたというのに、彼の表情はいまひとつ冴えない。
「……さてと」
ちらりと後ろを振り返る。目に入るのは――床一面に広がる魔石の山。
「あとは、こいつらをどうやってサヤのところまで持っていくか、だな……」
ダンジョン奥深くの閉鎖空間。ブレイドにとって、この部屋の脱出など些末な問題でしかなかった。今、彼の頭を本気で悩ませているのは、サヤが欲しがっていた膨大な戦利品を、どうやって運搬するか――それだけだった。
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