【完結】うだつの上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる~オレはまだ本当の力を引き出せていなかっただけだった~

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)

第1話 うだつの上がらない底辺冒険者

 軋む荷車の車輪が、乾いた土を引きずるようにごろごろと音を立てていた。


 時折、駆け抜ける風が街道の上をさわさわと渡り、草むらからは虫の声が響き、季節の変り目を報せてくれるようだった。

 その荷車の脇を、一本の大剣を背負った男が黙々と歩いている。


 彼の名はトーマ。


 年の頃は三十を少し過ぎたあたり。冒険者としてはベテランの域に入る年齢だが、その年齢に見合った武勲は、彼の履歴には一つも刻まれていなかった。


 トーマの首に下げられた認識票タグは鈍く鈍色にくすんだ《鋼》。


 冒険者ギルドが発行する等級のひとつで、下から数えて二番目というあたりが、彼の人生を如実に物語っていた。


 冒険者の等級は六段階に設けられている。

 序列は最上位には唯一無二の宝石称号ユニークが与えられる宝石ジュエル等級。その名を持つ者は、全世界でも二十人足らず。貴族や国王すら頭を下げる存在だ。


 その下にゴールド等級。各国の首長が正式に承認し、国を代表する冒険者として扱われる。


 さらにシルバー等級。ギルド長の承認に加え、複数の村や町の長から推薦を受けねばならない。


 次にブロンズ等級。鋼級として五年以上活動するか、それに匹敵する功績を立て、昇格試験を突破すれば辿り着ける。ブロンズ等級になって、ようやく一人前の冒険者と認められる。


 そして、トーマのようなスティール等級。鉄等級から一年以上活動して冒険者ギルドの昇格試験に合格すればなれる。


 最下位はアイアン等級。ギルドに申請登録さえすれば誰でもなれるため、世界に一万人以上存在すると言われている。もっとも、生活や身分の保証のためだけに登録する者も多い。


 その等級に応じた認識票タグが冒険者ギルドから貸与される。


 鉄や鋼の認識票タグはすぐ錆びる。だがそれには意味がある。

 「錆びつかないように、己を磨け」――そういう戒めがあった。


 同じ時期に冒険者となった同じ年の功の同期たちは華々しい活躍をして、等級を上げていく中、トーマの鋼の認識票タグは、光沢はなく、長年の風雨や汗などで端が錆びていた。


 それは彼が歩んできた年月の証でもあり、何も成し遂げられなかった証明。

 まるで自分を映す鏡のようだった。


「おいおい、だからよー、宿の女将がさあ……」


 前方から、若い声が飛んできた。トーマと同じく護衛任務に参加している、二人組の若手冒険者だ。

 片方はトーマと同じ鋼等級。もう一人はまだ鉄等級――冒険者になって日も浅いのだろう。


 彼らは肩を揺らしながら、くだけた口調で笑い合っている。腰の剣に手を添えることもなく、ただ歩き、喋り、笑うばかり。警戒という言葉は、頭の片隅にもなさそうだ。


 トーマの仲間ではない。今回だけの一時的な寄せ集め――俗にパッチワークパーティーと呼ばれる類いのものだ。


 気楽なものだなと、トーマは内心でつぶやいた。


 本来なら、こういった護衛任務では年長者ベテランが若手を戒めるのが筋だが、トーマにはその資格がないとわかっていた。


 鋼等級。万年鋼。

 銅にすらなれなかった自分が何を言ったところで、彼らに響くはずもない。


 そもそも今回の依頼にしても、トーマに声がかかったのは「いないよりはマシ」程度の理由だった。


 護衛対象の荷車には薬草と布と塩などの物資が積まれている。目的地は隣村。道のりは三日ほど。

 依頼主は護衛というより、荷物持ちや雑用係や求めていただけのようだ。


 「まあ、いいさ」とトーマは自嘲気味に口元を歪めた。


 最初こそ夢があった。憧れがあった。英雄の背中を追って大剣を振るい、名を上げようとした。

 だが現実は違った。冒険者として大きな活躍などできず、こなしてきたのは薬草の採集、弱い魔獣の討伐、手紙や荷物の配達、柵の補修、街の掃除――いわゆるお使いクエストばかり。


 そんな日々を、いつの間にか十年以上も続けていた。


 トーマはふと空を見上げた。深く、濃い青の中に、一本の雲がゆっくりとたなびいている。


(十五のとき、村を飛び出して……もう、何年経過したんだ……)


 故郷の村に戻るのは、冒険者として名を挙げた時だ――そう決めて出てきてから、一度も帰っていない。


 あのとき見た空と、今の空は何ひとつ変わらない。

 変わったのは自分だけだった。夢も理想も薄れ、ただ年を重ね、背中に背負った大剣の重さに押し潰されそうになっている。


「俺は、いったい……何をしてきたんだろうな」


 誰に聞かせるでもない独白が、澄んだ青空に溶けて消えていった。

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