アウシュビッツ地方の女王アンネ

nayo.

プロローグ

 肥沃な大地と高い山脈に守られた鉄壁の要塞を誇る要塞、アウシュビッツ要塞。谷を覆うように堅牢の石造りとコンクリートに阻まれ、その周囲の森も未開の地として戦車の行く手を阻み、また検問所としても機能する街道はアウシュビッツ州軍が警備している。ここは何人たりとも侵入を許さぬ百年の堅牢の城。代々の城主はゲルマンが就任していたがそのゲルマン人以外から初めてこのアウシュビッツ要塞におんな城主が君臨した。名をアンネ・ハイネ。かつてローマ進軍からこの大要塞を死守し、その功績を称えられた事から王から姓を賜り、軍人として、その地位を得た。だが騎士ではない。ルフテンブルグに騎士は居ない。軍人は国民の栄誉職であり、最大の名誉である。貴族が軍務につくのは義務であり、責務だ。王は軍の最高責任者であり、その一族は軍籍につくのが王績である。つまり軍は王と国民の責務である。そこに貴族は介入しない。だが貴族も軍はある。その軍は領地軍であり、支配する州軍のみである。州軍は王家に反逆することなかれ、すれば、全軍がその一族をこのゲルマンの地から根絶やしにする。

 これが労働と軍と鉄鋼の王国、ルフテンブルグ共和国である。

 国是は”我が王国に貢献するものは等しく臣民である”つまり同じ王家の末裔王国であるオーストリアで迫害されたユダヤの民族であるアウシュビッツ族もゲルマンの国では王国に貢献すればその地位を保証するのだ。だが、昔はそうではない。かつてはアウシュビッツ収容所でユダヤ人を根絶やしにしようとしたが、ビスマルコ王はそうではなかった。この国を初代王国名の名残を復活させたように”ビスマルク王国”は軍事と鉄鋼と労働の国になった。もっともヒトラー党からなる社会主義的な労働思想に感銘を得た王が共和国にしたことが大きいが、それでも王が君臨するのは単純にこの地上で王以外が統治する国が19世紀になっても未だに存在しないからだ。

 世界大戦を経たが王以外が統治する国家は存在しない。

 例外を除いて。それは非魔法族を擁するアメリカとオーストラリアだ。そして独立したアフリカ合衆国。これらは工業を糧にして魔法を擁する魔法国家と対立した。

 世界は二分している。魔法族が君臨する魔法国家と工業を糧に経済発展する工業国。

 相容れない絶対的な力関係の国家間の戦争が世界を支配していた。



 幼少期、アンネ・ハイネはアウシュビッツ地方の小さな村に住んでいた。

 若い頃から軍務に就く父、ケイネの軍務貢献で姓を持ったハイネ家はユダヤの身でありながら裕福に暮らせていた。この村は軍事に支えられているが村人のすべてが軍人ではない。殆どは農夫である。寒冷地であるために畜産農家が多いこの血ではステップと呼ばれる背の小さな草が殆どで、他の地域から干し草で牧牛のビタミンを補っていた。ミルクや乳牛の肉、羊の毛や豚や鶏など家畜中心の村だった。農作物は他の地域から運ばれる。殆どが物々交換で、税もまた軍人以外は牛乳や干し肉がメインであり、購入者も政府や軍人が多い。貴族はこの地域では徴税しない。この地は軍直轄地であり、その知事は軍司令である。つまりハイネ家が知事であり、州知事はこの地域に軍事以外では口出し無用である。

 「アンネ、我が一族はローマ帝国からの侵略を防いだ功績からユダヤである以上の身分を得たんだよ。君も女だからといって軍事には避けては通れない。ビスマルコ王は女でも軍事に就くべきだというお方だ。その結果、我が一族も代々軍人として地位を得た。いずれはルフテンからの独立も夢ではない」

 ユダヤの民族はこの地を独立したがっているが、こんな地が国として生まれたとして生まれたとして、貧困な畜産王国になるだけだ。やるならばドイツ市までも占領して軍事的に領土を得るべきだが、物量的にルフテン全土を敵に回すことは不可能だ。

 「父様の夢が叶うますように」

 アンネはそういった。



 あれから十年。愚かな父を持ったがアンネは少尉として軍についた。

 ここは偉大なる雪山の要塞、アウシュビッツ要塞。ゲルマンが築き、ユダヤが守護した地だ。その歴史に敬意がある。アンネにとって独立など目ではない。だが服従するような女でもない。

 「アインシュタイン! ローマがこの要塞に軍を飛ばしているなどと根拠のない噂を流すほど、貴様は暇ではないだろ? 何を見たか言え!」

 「はい、ローマは度々軍事侵攻をしてこられーーー」


 バン!


 サーベルが机をふたつに割った。

 地下作戦室の木製の机であったが見事にふたつに分かれるほど簡単な代物でもない。

 「くだらぬ前置きなどどうでもいい! 貴様も軍人なら単刀直入に言え!」

 「はっ、御覧ください。敵の船です」

 「何だこの写真は?」

 そこには森の奥地に巨大な推定600メートルの船が空に浮かんでいた。軍艦だ。まだ小さいがたしかに軍艦である。

 「この地に海はない。蜃気楼もありえない。説明しろ」

 「ローマは世界有数の工業国です。また天然ガス資源輸出国です。ヘリウムを使った飛行船型軍艦だと思われます。それも装甲を厚くし、軍事転用した」

 「ふん、御伽噺を現実にするか。飛行船ならば叩き落とせ。射程に入り次第撃ち落とせ」

 「まだ領土外ですがよろしいんで?」

 そう問うたのはバデロン大佐という大男だ。褐色の肌がアイシュビッツ人らしい。

 「構わん」



 『命令を聞いたな! 敵が射程に入り次第打ち殺せ!』


 先制攻撃がこの世界の鉄則だ。政治的に攻撃されぬ要因を作るのが前提であるが軍艦を見せたというのが攻撃意思の現れである。が高校上の事前手続き以外で互いの軍が姿を見せたとき、そして事前に攻撃の意思がないことを伝えぬ時、殺されても文句は言えぬ。

 それがこの世界だ。専守防衛などというぬるい言葉が存在しない。鋼鉄と魔法の世界だ。

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