今週の流行りは首なしです

 いつから無かったのか覚えていないが、気がついた時には全人類の首が無くなっていた。


 彼らは問題なく会話をし、食道にチューブを挿して食事をし、食事が終われば気道に吸引チューブを入れて痰の除去を行っている。僕は流動食をスプーンを使って咀嚼し、飲み込んでいる。その後は歯ブラシに歯磨き粉を付けて残渣物ざんさぶつの除去を行っている。


「お兄ちゃんはいつ首を取るの?」


 妹が質問する。僕はどこを見て答えたらいいか分からず、白い脊髄の断面を見つめながら答えた。


「気が向けばかな」


「じぃじもばぁばも首取ってるのにさ、首取らないなんてお兄ちゃんは原始人みたい」


「そうよ、あなたも早く取ってきなさい。数千程度で取ってくれるから行ってきなさい。お母さん恥ずかしくて仕方がないわ」


 渡された3枚の1000円札。それにも首は無かった。これじゃ誰か分からないだろう、そう思ったが不思議と首がなくても表情やこの首が誰なのかということは分かった。白い脊髄、脈打つ血管、蠕動ぜんどうを繰り返す食道、拡張と収縮を繰り返す気道。あまりにも綺麗な断面図をじっと眺めていた。


「こんなに綺麗になるものなのか?」


「私はちゃんとケアしてるからね。たまに血が流れてくるけど、最近は流血ファッションもあるから流れた血はストックしてるんだ」


 妹はそう嬉々と語るが、あまりにもショッキングな光景に僕は言葉を失った。首が無ければ脊髄からその言葉が溢れていたかもしれない。テレビに映る美人なニュースキャスターも、変顔を披露する芸能人も首が無かった。


「首を取ってから5年、肺炎による死亡者数、窒息による死亡者数が減少しています。これは歴史的な快挙ですね。首を取る事が義務付けられる日もそう遠くはありません」


 美人なニュースキャスターがオーバーなリアクションで喜ぶ。正直、僕は何がいいのか分からない。でも、周りがそうなら合わせなければならない。仕方の無いことなのだ。


 僕は少しの不信を抱きながらも首を取ってくれるという店に向かった。店まで行く道のりには首がない脊髄が丸見えになった人で溢れかえっていた。首なし人間が首ありの僕を凝視し、指をさしている。恥ずかしい、そんな感情すら覚えず、笑ってくる奴らにニヤリと嗤ってやった。


 そうこうしているうちに店の前にやって来ていた。金の装飾が施された豪華な外観にほんの少し目眩がした。


 店内に広がるのは天井まで届く棚に並べられた無数の首。どの首も笑ったり、泣いたり、怒ったり、喜んだりとコロコロと表情を変えていたがしんと静まり返っていた。


「首がある、珍しい」


 いつの間にか隣にいた男がニタリと笑う。珍しいことに、その男は首があった。根暗そうな顔をしており、目の下にはクマができている。


「首は、取らなければならないのでしょうか」


「さぁ? サンダルに靴下を履くのが不自然だった時代が、今ではファッションとして流通している」


「えと、つまり?」


「……やるかやらないかは君次第ということだ」


 男は糸とはさみを取り出して不気味な笑みを浮かべた。だけど安心した。


「あなたは、母や妹のように首を取れとは言わないのですね」


「なんだ? 言われたかったのか? まぁ、俺は首なんてとってなんになるんだって思ってる」


「じゃあなぜ首取り屋を?」


「簡単な話だ。金と需要さえあれば首を取る。誰だってそこそこに上手い話には乗っかるものさ。お前も乗っかってみるのはどうだ?」


 男は首だらけの棚の奥から蕾の頭と黒山羊の頭を取り出した。どちらも動く気配はない。ただの被り物のようだ。肌触りは……とても良いものとは言えなかった。硬くざらついたダンボールにでも触れているような感覚で、高校生の文化祭で出される小道具ならちょうどいいデザインと質感だ。


「首取りの始まりも似たようなものだった。人間ってのは馬鹿だからか弱い蕾に同情を、恐ろしいはずの黒山羊が魅力的に、そうなるもんなのさ」


「まったく、誰が言い出したんですかね。人間は考える葦だと」


「さぁな。だが、それに同調した奴らには、少なくとも考える脳はないだろうな」


 男はニタリと笑い、蕾の頭を僕に被せた。視界は変わらず、ただ少し暑い程度だった。男も黒山羊の頭を被り、動画を撮り始めた。


「はーいどうもー。首取り屋でーす。俺が流行らせた首取りなんですけど、首が無くなったことによって帽子が被れないなぁって思ったんですよー、なので、今回俺達は新商品を開発してみましたー。はい、次は生き物の被り物が流行るでしょー」


 間延びした声で動画を撮り続けていた。僕はただそこに立っているだけで、男のマシンガントークが永遠にも感じるほど続いていた。あぁ、この男は本当に人を操るのが上手い。この男だけだろう、こんなにも人を嘲笑って楽しんでいる人間は。



 結局、首を取らず蕾の頭も返却して僕は家に戻った。家族は何も言ってこなかった。四角い箱を見つめたり、手元にある便利な箱を見つめたままで僕に見向きもしない。呆れて自室にこもって僕は寝ることにした。


 後日、妹以外の家族は動物や植物の被り物をしていた。さも当たり前かのように、元からあったように振る舞い始める。


「な、なんでみんなそんな被り物してるの?」


 朝食に集まった際、妹が焦った様子で尋ねていた。それに対し、母はこてんと首を傾げていた。


「なんでって……これが普通なんでしょ? みんなしてるわ。ほら、今なら格安でやってくれるみたいだからあなたも作りなさい。お母さん恥ずかしいわ」


「え、あ、うん……そっか、それが普通だもんね! えー、じゃあ私猫にしてくるー!」


 首のない妹は嬉々として語る。次にガーベラの頭を揺らしながら僕を褒める。


「あら、その頭いいわね。なんの生き物なの?」


「これ? そうだな……考える葦、かな。母さん達には作れない頭だよ」

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