27.愛してると言えるまで


──side 彩芽


環ちゃんの涙を見て、私ははっきりと決意した。


……この子は、弟を本気で愛している。

だったら、もううじうじしてる場合じゃない。


あとは蓮よ。あの子がちゃんと告白して、二人が「本当の夫婦」にならなきゃ!


なのに──。

どうしてあの子たち、揃って「自分だけ片思い」みたいな顔をしてるの!?

互いに想い合ってるのに、なんで堂々巡りなの!?

見てるこっちの胃がキリキリするんですけど!?


……よし。ここは私が一肌脱ぐしかないわね。



 ◆


夜、離れの蓮の部屋に向かった。

障子の隙間から、淡い灯りと紙をめくる音が漏れてくる。

真面目な顔で帳面に向かう姿が目に浮かび、私はふっと笑みをこぼした。


「ねぇ、蓮」


「……なんだ」


顔を上げない弟に、私はにやりと笑みを投げる。


「環ちゃんのことなんだけど」


その瞬間、蓮の手がぴたりと止まった。

獣耳がぴくんと動き、尻尾が落ち着かず揺れる。

──わかりやすい子。


「……なんだ」


「安心しなさい。あの子が言ってた“銀次”って男、あんたが考えてるような存在じゃなかったから」


「っ……!」

蓮の獣耳がびくんと震えた。


私は机に肘をつき、あえてゆっくり言葉を選ぶ。


「環ちゃんにとって銀次は、ただの“憧れ”。遠くから見て支えにしてただけの人よ。恋人でも、そうなりたい相手でもない。辛いときに思い出すと元気が出る──そんな存在」


蓮の眉がふっと下がり、肩の力が抜けた。

あまりに正直な反応に、私は思わず吹き出す。


「ふふっ、あんたってほんと心配性よね。環ちゃんはちゃんとあんたを大事にしてるんだから、少しは信じなさいよ」


「……それは、わかっている。けど……」


「けど?」


口ごもり、視線を逸らす蓮。

尻尾がゆっくり揺れて、不安を隠しきれていない。


──まったく、見ていてじれったい。


「ほんっとに鈍いんだから……。環ちゃんはねぇ……っ」

思わず口を滑らせかけて、私は慌てて言葉を飲み込んだ。


危ない危ない。“本当の夫婦になりたい”なんて環ちゃんの本音、私が勝手に話すわけにはいかない。


「……環が、なんだ?」

不思議そうに首を傾げる蓮。


その鈍さに、ついに堪忍袋の緒が切れた。


「とにかく! あんたの気持ちを環ちゃんに伝えなさい!!

言ったことないでしょ、“愛してる”って!」


「……なっ!」


顔を真っ赤にした蓮は言葉を失い、しばし沈黙した。

やがて、何かを決めたように小さく頷く。


その横顔は照れくさそうで、それでもどこか凛として見えた。

胸の奥がじんわり温かくなる。


──ほんっと、世話が焼けるんだから。

でも、やっと動き出してくれそうね。





──side 蓮


彩芽の言葉が、胸に突き刺さっていた。


「言ったことないでしょ、“愛してる”って!」


……確かにそうだ。

環に感謝や労いは伝えてきた。けれど、本当の想いを言葉にしたことは一度もない。


机に視線を落とすと、心臓がやけに早く脈打っているのがわかる。

どうしてこんなにも臆病なのか。

環はあれほど健気に私を支えてくれているというのに。


尻尾が膝の上で落ち着かず揺れる。

獣耳も熱を持ってぴくぴくと震え、もし彩芽に見られていたら絶対にからかわれる。


「……愛してる、か」


つぶやくと、言葉が胸に重く沈む。

けれど同時に、環の笑顔が脳裏に浮かんで、不思議と温かさも広がっていく。


──環の、笑った顔が好きだ。


その笑顔が他の男にも向けられるとしたら。

そんなことは考えたくもないのに、耳の奥に「……銀次様」という声がこびりついて離れない。


もし環が私ではなく、銀次を愛しているなら──。

その時は離縁すべきなのかもしれない。環の幸せを思うなら。

だが、そんなことできるはずがなかった。

今や環は、私にとってかけがえのない存在。失うなど考えることすら、もうできない。


彩芽の言葉が思い出される。


「銀次はただの憧れ。遠くから見て支えにしてただけ。恋人でも、そうなりたい相手でもない」


“ただの憧れ”──その言葉に安堵した。

だが“思い出すと元気が出る”という響きは、銀次が環にとって大切な存在だったことも示している。

胸の奥が、まだ少し痛む。


それでもいい。

環は私にとって日増しに大きな存在になっている。

今さら手放すことなど、できはしない。


いや──彩芽の言葉がなくとも、もう限界だったのだ。

気持ちを押し殺しておくことに。


ならば、俺がするべきことは一つ。


今度こそ、臆せず伝えるんだ。

どれほど大切で、どれほど必要としているかを。


決意を胸に、帳面を閉じて立ち上がる。

障子の外はすでに夜の気配に包まれていた。

灯明の明かりが揺れ、背を押すように感じる。


胸の高鳴りは、もはや恐れではない。

彼女に想いを告げたい──ただその一心だった。


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