白秋

 昔から、本気で何かをすることがなかった。思ったようにできなかったら苦しいし、できてしまったら虚しいだけだから。僕はそんな浅い絶望に足を取られて、やりたいことすらもできないでいたのだ。君と出会って話は変わった。僕は救われて、恋をできた。本気だった。そのはず、なのに。逃げた。向き合えなかった。きっと僕は、本気なんかじゃなかったんだ。あれから橋の下には行っていない。

 布団の中に潜って、少し考えてみる。君のことを考えるのはつらくて、しかし自傷には最適だ。僕は弱い人間だから、自傷が欲しくなってしまう。今更そんなことを認めることができた。さて、君は輝いていた。芯があって、僕よりずっと心が強くて。それが勘違いだったとしても、少なくとも僕にはそう見えた。それは好きだからではなく、しかしそれは好きな理由になり得る。僕にないものを持っている君に惹かれるのは当然のことだったのかもしれない。ああ、本当に何もないのは僕のほうだ。君には、誰にも負けないような輝きがあった。





 君は音楽が好きだった。なんの慰めにもならないのにずっと聴いていた曲と、君の好みの曲は同じで。運命だと思って、でもそんな言葉で消費したくなかった。君のコンプレックスも音楽にある。君は音楽をやりたかったけどセンスがなかったし、それを苦にして辞めてしまった。だから君は音楽の話をよくするし、時々描く絵のほとんども音楽に関するものだった。絵はほどほどに描けるのに、なんでだろうね。君はそう言って、自虐するように笑っていた。

 音楽をかける。君が大好きで、僕もよく聴いていた音楽。ボーカロイドだったり、ロックバンドだったり、K-POPだったりする。なんて楽な自傷だろう、ここまで君に未練があって、それでも向き合えない僕がみじめに感じられた。

 絵を描いてみる。君のように上手くはいかない、なんて言葉で傷をつくろうと思ったけれど、まっすぐに線を引くことすらできなくて。君を描こうとした未完成品が26枚できた。処分に困って、まとめてクリアファイルに入れている。

 最後に、電車で旅に出てみた。君と出会ったあの駅を避けて、もう何度も乗った電車で知らない駅に降りる。都会のデパートは敷居が高くて何も買えなかったし、田舎の畑は近くを歩いただけで農家のおじさんに怒られた。ふらりと歩いて駅に戻れなくなった時には、泊めてくれる民家なんてあるわけもなく線路を見つけるまで夜通し歩いた。どこにも、君はいなかった。

 最近の秋は短い。僕の秋は世間における夏の中盤から始まったものだから、その限りではないけれど。そんなことも関係ないくらいに、この秋は長かった。君のことを考えて、吐きそうになって、また君のことを考えて、動悸でおかしくなって。その繰り返し。同じようなことをずっとやっていれば、時間も長く感じるだろう。そんな寂しい秋も、やっと終わる。玄冬がやって来るから。

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