第23話 愛の奇跡

 「チュンチュン」と小鳥のさえずりで目を覚ます。


「ふああ、まるで天使のさえずりだな」


 今日も何も起こらないことを祈る。

しかし、(神が音々だから、また音々に祈るのか? 何に祈ればいいんだ?)

そんなことを考えながら身支度を整え、学園へと向かった。


 席に着くと、タカが待ってましたとばかりに話しかけてきた。


「おい光輝! ここだけの話なんだけどな、昨日の夜に郊外の廃墟で大規模な殺し合いがあったらしいぞ!」


 (はあ!? 今頃かよ!)


情報の遅さに絶句する俺を見て、タカは勘違いし、得意げに続ける。


「不思議なことに、誰も廃墟から逃げなかったらしいんだ。最後の1人になるまでな。俺の考えによると、逃げなかったんじゃなくて、逃げられなかったんだと思うんだよ」


 タカにしては鋭い考察だ。逃げられないように、俺が建物を封鎖したからな。


「ただ、逃げなかった理由が分かんないんだよなあ」


 まあ、どんなに頭を捻っても、お前が答えに辿り着くことはないだろう。


「宇宙人か、謎の組織の仕業じゃないのか?」


 俺が適当にそう言うと、タカは目を輝かせた。


「情報統制が敷かれてるけど、これは都市伝説になる予感がビンビンだぜ!」


 その後もタカの情報屋魂に火がついたのか、何度も同じ話題を繰り返す。そんなこんなで、昼休みになった。


 茉央にもらった食堂の割引券もあるし、せっかくだから食堂を使ってみようかと席を立ち上がった、その時だ。


「王子様~! いませんか~!?」


 廊下から、よく通る、しかしどこか夢見るような声が聞こえてきた。

全学園で「王子様」呼びされているのは一人しかいない。


俺は無視したいが、錆びついたオモチャのようにぎこちなく声の方を向くと、ぬいぐるみを抱え、大手を振って近づいてくる湖瑚の姿があった。


 教室中の突き刺さる視線と、陸に上がった魚のように口をパクパクさせて俺を見るタカ。


(あーあ、あとで質問攻めにあうと思うと溜め息しか出ねえ)


 これ以上、視線を集める前に湖瑚を連れて教室から離れることにした。


 生徒が少なく、人通りの少ない場所まで移動して、俺は息を切らしながら言った。


「いいか、俺は王子様じゃない」


「ごめんなさい、王子様」


 湖瑚はぺこりと頭を下げる。


 (これにツッコミを入れたら、また堂々巡りしそうなので我慢するしかない)


「で? わざわざ教室まで来てくれて、何の用だ?」


「先日助けてくれたお礼に、お昼ごはんを持って来たの、王子様!」


 こいつ、語尾の「王子様」がデフォルトになってやがる。


「助けてくれたお礼? 羽立にでも聞いたのか?」


 茉央の名前が出て、湖瑚は首を傾げてきょとんとする。


「なんでお姉さまが? 違うよ、王子様!」


 不思議そうな表情から、すぐに嬉しそうな表情になって、

「にんじんが教えてくれたの! ジャジャーン!」

と口で効果音を付けて、にんじんを抱え上げた。


「よお、人間」


 (は?)


 能力は封印されているはずなのに、にんじんが喋った。


 俺は湖瑚からにんじんを奪い、少し離れて小声で話す。


「おい、にんじん! 何でまだ喋れるんだよ!? 俺の能力は封印されてるのに!」


「いや、ボクに聞かれても分からないぞ? 王子様の愛の奇跡だぞ」


 (確かにこいつに聞いても分からないだろう。あとで音々に確かめるしかないか)


「人間よ、安心しろ。湖瑚ちゃんには『王子様の愛の奇跡で動けるようになって、一緒に悪党から助けた』って言っておいたぞ」


「メルヘン湖瑚だから納得したんだろうが、本当のことを言うよりはマシか……」


 トホホな気分だ。


 話しを終えて、俺は湖瑚ににんじんを返した。


「そんじゃ、用事も済んだし俺は食堂へ行く」


「え? お弁当、食べてくれないの?」


 湖瑚の全身から、ものすごく悲しいオーラが吹き出した。瞳はウルウルと潤み、唇が震えている。


 (まずい、このままじゃ泣かれちまう!)


「あ! にんじんのせいで忘れてた! いや~、お弁当楽しみだなー」


 俺は忘れたフリで逃げようとしたが、無理だった。さすがに泣かれちゃ困る。


 悲しみオーラを吹き飛ばし、湖瑚の表情はパァっと明るくなった。


「王子様はどこで食べたい? 中庭か屋上がお勧めなの」


 (食堂で誰にも邪魔されずに静かに食べたいんだが……。中庭は人が多いし、屋上ならまだ人が少ないか?)


「屋上が気持ち良さそうだなあ」


 俺は、人が少なそうな場所を選んだ。静かに暮らしたい、ささやかな俺の願いは今日も叶わない。

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