第20話 にんじん

 俺の目の前にあるうさぎのぬいぐるみを指さした瞬間、音々と茉央の顔が、プレゼントを開ける子供のように輝いた。


(こいつら、マジか……。こんなことで喜ぶのかよ)


呆れつつも、内心では少し嬉しくなる。


俺はうさぎのぬいぐるみに手をかざし、スキルを発動した。


スキル〘付喪神つくもがみ〙――発動。


俺の手から離れた光の球が、フワリと宙を舞い、うさぎの体に吸い込まれていく。


「ぷはぁあ!」


 生命を吹き込まれ、うさぎが水面から顔を出すように息を吹き返した。

ぬいぐるみだったはずの目がパチクリと開き、口元がパクパクと動く。


ぬいぐるみが自らの意志で動く様子を見て、音々は顔を輝かせ、茉央は感心したように頷いている。


「おい、うさ公。湖瑚がいる場所は分かるか?」


俺が問いかけるが、うさぎは聞こえていないのか、辺りをキョロキョロと見渡している。


「おい、うさ……」


「黙れ小僧! ボクはうさ公じゃねえ! 湖瑚ちゃんに『にんじん』って呼ばれているぞ!」


うさぎが、いや、にんじんが、流暢に喋り出した。


「ふぁあ、にんじん!」


我慢できないのか、音々がにんじんに抱きつく。


収集がつかなくなる前に、俺は音々からにんじんを奪った。


「あぅー、にんじーん!」


音々が未練がましく、ぴょんぴょん跳ねてにんじんを取ろうともがくが、そうはさせない。


「おい、羽立。そいつを大人しくさせとけ」


「承知した」


にんじんに代わって、音々が茉央に抱きかかえられた。


「うさ……あー、にんじん。湖瑚の居場所は分かるか?」


「場所は分からないけど匂いならわかるぞ」


得意げに鼻をひくひくさせる。


「でかした。上空で確認するから案内しろ」


「羽立は音々と一緒に管理人部屋で待っててくれ」


「うむ、茶でもすすって待つとしよう」


にんじんを抱え、部屋を出る。


地面を軽く蹴るだけで、ふわりと上空に飛び上がる。


地表とは違い冷たい空気が肌を刺す。

街の明かりが点になり、見渡せるほどの高度で上昇をやめる。


眼下には、人々が生活する夜景が広がる。


「どうだ、何か分かるか?」


俺が問い直すと、にんじんはくんくんと鼻を鳴らした。


「くんかくんか。湖瑚ちゃんの良い匂いがあっちからするぞ!」


にんじんが指さす方向に目を凝らす。

街の明かりから少し離れた場所に、古びた宿泊施設の廃墟が見えた。


「あそこか」


俺は意識を廃墟に集中させる。瞬間移動。


「おいおい、あんちゃん。あんた一体何者だ?」


喋るぬいぐるみに言われるのも癪だが、答えてやる。


「俺は、元勇者だ」


 3階建ての元保養施設のような廃墟に到着した。建物は古く、窓ガラスも割れている箇所が多い。だが、どこか人工的な匂いがする。


「まずは人数を確認するか。《サーマルイメージャー》」


スキルを発動。建物内にいる人間の体温を感知し、人数を把握する。


「ざっと10人。湖瑚は2階の奥に監禁されてるな」


(犯行グループは素人か、指示を受けた下部組織、と言っていたが、これだけの人数ならそれなりの組織か)


 俺は、玄関から堂々と廃墟に入った。廃墟の玄関は薄暗く、埃っぽい。


俺の姿を見て、三下らしき男が寄ってくる。


「お疲れ様です!」


綺麗に腰を曲げて頭を下げる。


(こいつらには俺が幹部に見えるんだよ。これもチート能力の一つ。俺が望む姿で認識させる『擬態』だ)


「女はどこだ。案内しろ」


俺がドスの効いた声で言うと、男は「はい!」と元気よく返事をした。


にんじんは、俺と男のやり取りを不思議そうに見上げてくる。


案内される道中、建物内は最近まで使われていたのか、比較的状態がいい。

廊下には薄っすらと絨毯が敷かれ、壁には古い絵画が飾られている。

所々に剥がれた壁紙が見えるが、手入れをすればまだ使えそうだ。


案内された一室のベッドの上で、目隠しされ手足を縛られた湖瑚がいた。


「湖瑚ちゃーん!」


にんじんが、湖瑚に抱きつく。

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