第8話
「お待たせしました。ご注文のいちごかき氷と抹茶かき氷です」
店員さんの声が、ふわりと耳に届く。
目の前に置かれた器から、ほんのり冷気が立ちのぼる。
いちごの赤が鮮やかで、抹茶の緑は深くて落ち着いていて、
その色の対比が、なんだかふたりの性格みたいで少し笑ってしまう。
私は思わず、背筋を伸ばして器を見つめた。
「ありがとうございます!」
声が自然と弾んだ。
その響きに、自分でも驚く。
「いただきます」
みっちゃんの声は、いつも通り落ち着いていて、
でも、どこか柔らかさを含んでいた。
彼の手が器に伸びるのを見ながら、私は急いでスマホを取り出した。
この瞬間を、ちゃんと残しておきたかった。
“今”を切り取ることで、“いつか”に戻れるように。
「あ、ちょっと待って。写真だけ撮らせて」
言葉が急ぎ足で口をついて出る。
焦る気持ちと、残したい気持ちが交錯する。
氷が溶ける前に、急がなきゃ。
でも、焦りながらも画面越しに見えるかき氷が、
なんだかすごく綺麗で、少しだけ息を呑んだ。
急いでスマホのシャッターを切る。
カシャッという音が、静かな店内に小さく響く。
その音が、まるで“今ここにいる”という証みたいで、少しだけ胸が温かくなった。
写真の中のかき氷は、ただの食べ物じゃなくて、
ふたりの時間そのものだった。
「どうぞ」
スマホをテーブルに置きながら、みっちゃんに向かって微笑む。
みっちゃんがスプーンを手にして、抹茶かき氷にそっとひとくち口を運ぶ。
私は、彼の表情をじっと見つめる。
どんな顔をするだろう。
美味しいって言ってくれるかな。
その一言を、少しだけ期待していた。
「おいしい?」
声が自然と出た。
でも、少しだけ緊張していた。
みっちゃんの反応が、私の選択を肯定してくれる気がして、
その言葉を待つ間、胸の奥がじんわりと熱を持った。
「そうだな」
その言葉に、ほっと息をついた。
みっちゃんの返事は、いつも通り簡潔だったけど、
その言い方には、ちゃんと“美味しい”が含んであった。
それに、みっちゃんの口元が、少しだけ緩んでいた。
それだけで、十分だった。
「良かった。じゃあ私も」
そう言いながら、スプーンを手に取る。
いちごの赤がスプーンの先に乗ると、なんだか宝石みたいに見えた。
少しだけ目を閉じて、口に運ぶ。
冷たさが舌に広がって、甘酸っぱさが一気に押し寄せる。
暑さに体力をじわじわと奪われていたせいか、
目の前に置かれたかき氷が、まるで救いのように見えた。
そうだ。沢山食べたら、すぐ体も冷えるんじゃ…。
手は自然とスプーンに伸びていた。
器の縁に沿って、スプーンをぐっと深く差し込む。
氷の層が、サクッと音を立てて崩れる。
冷気が指先に伝わってきて、それだけで少しだけ涼しくなった気がした。
スプーンを口元に運ぶ。
ひとくち、じゃない。
ふたくち分くらいの量。
頬張るように、勢いよく口に入れる。
その瞬間、さっきまでの暑さも、
昨日の記憶も、全部が遠くに感じられた。
「おい、そんな一気に食べたら」
みっちゃんの焦った声が聞こえた。
でももう手遅れだ。
食べてしまった。
みっちゃんが、私をじっと見ている。
「んー、頭が、キーンって…」
額を押さえながら、思わずうめく。
冷たさが、脳天に突き刺さるように響く。
みっちゃんは、ただ呆れたように笑っていた。
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