第6話

「…暑いな」


みっちゃんの声が、少しだけうんざりしたように響いた。


けれどその苛立ちは、私に向けられたものじゃない。


この真昼の熱気と、じりじりと焼けるアスファルト。


そして30分以上も待たされている状況に対する、

彼なりの“もう限界”というサインだった。


「そうだね」


私は空を見上げながら、そう答えた。

青空はまぶしくて、目を細める。


雲ひとつない空が、まるで何もかもを肯定しているようで、その明るさに少しだけ気持ちがほどける。


私は、待つのは嫌いじゃない。

むしろ、好きかもしれない。


何かを待っている時間って、そのものよりも、少しだけ特別な気がする。


期待とか、想像とか。


そういうものが心の中でふくらんでいく感じが、

私は好きだった。


暑いのはたしかに嫌だけど、でも待つ時間があるから、


その先にあるものがもっと美味しく感じると思う。


冷たいかき氷が、このじりじりした時間のあとにやってくるからこそ、きっと格別に感じられる。


なんて言ったら、みっちゃんに怒られるんだろうけど。


「帰るか」


その言葉が落ちた瞬間、私の中で何かが静かに沈んだ。


「え、ここまで待って!?あと10分とかで呼ばれると思うよ」


思わず声が大きくなる。

自分でも、ちょっと必死すぎたかもしれない。


みっちゃんの顔を見ると、彼は眉をひそめて、私の言葉に対して何か言いたげだった。


30分以上待ってる。

私たちの前には四人しか並んでない。


その数字が、私には希望に見えた。


あと少しで順番が来る。

それを逃すのは、なんだか惜しかった。


でもみっちゃんには、ただの“無駄な時間”に映っているのかもしれない。


いつも合理的で、無駄を嫌う。

それでも、私に付き合ってくれている。


「そこまでして食いたいのかよ」


みっちゃんの声には、呆れと笑いが混ざっていた。

でも、完全に否定しているわけじゃない。


その言い方が、私の中の何かをくすぐった。


私の執着が少しだけ滑稽に映っているのかもしれない。


「美味しいからみんな並んでるんだよ」


言いながら、私はガラス越しに店内を覗き込む。

ふわふわのかき氷に、色とりどりのシロップ。


その光景だけで、頭の中が涼しくなる。


さっきまでの暑さも、待ち時間も、

全部がこの一杯のための前奏みたいに思えてくる。


「やっぱ夏は冷たいものに限るよね〜」


自分でも、少し浮かれてるなと思う。


でも、そう言いたくなるくらい、空が綺麗だった。


真っ昼間の青空が、まるで絵に描いたみたいに澄んでいて、


さっきまでの気持ちを忘れてしまいそうだった。


あの人の声、あの手の感触、あの空気の張りつめ方。


全部が、今は少し遠くにあるように感じた。


でも、完全には消えていない。

心の奥で、まだ揺れている。


まるで、夏の陽炎みたいに。


「……ほんと単純だな」


その言葉は、からかうようで、どこか優しかった。


でも結局は付き合ってくれるのが、みっちゃんだった。


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