お前に世界の半分を

れー。

第1話

 扉ごしに、廊下を歩む静かな足音が聞こえる。それはゆっくりと近づき、そして立ち止まる。

 扉がかすかにきしみながら開いていく。


「フハハハハハ! よくぞここまでたどり着いた勇気ある者よ! さあ!今日この日まで積み上げてきたお前のすべて、この私にぶつけてくるがよい!」

 左腕を腰に、右手を真っすぐ前に伸ばし、ババーン!と効果音が鳴りそうな勢いで大見栄を切りながらヤツを出迎えた。

 この口上も何回目になるのだったか。100回を超えたあたりから曖昧になってしまい、いつの間にか数えなくなって久しい。

「なあ、それ毎回やってるけどいい加減どうなの? いや別にいいんだけどさ」

 元勇者のレオがそう言いながら木製の扉をくぐり、気楽な足取りで私のもとへとやってくる。

 最初に相まみえたのはヒト族から魔王城と呼ばれた要塞の大広間だったが、今ここは迷いの森の奥に私が居を構える館の一室だ。


「まあよいではないか。様式美は大切だぞ?」

 そう言いながら私も腕を下ろしレオを出迎える。

「今回は少し間が開いたな。10年ぶりくらいか。あ、お茶いる? それともワインとか開けちゃう?」

「お茶お願いしようかな。というか前から思ってたんだけどさ、お前、酒で酔えるわけでもないのになんでワインだの蒸留酒だのがこんなに揃ってるんだ?」

「それはもちろん、客人にふるまうために決まっている」

「たどり着ける奴もほとんどいないこんな場所に引きこもってるのに?」

「そうだな!前回の客人もお主だったな!その前もそうだった気がするな!つまりお主のためだな!」

 レオがなんだかかわいそうなものを見るような目線を向けてくる。いや違うのだぞ?これは感謝の表れなのだよ?お主との約束を守って隠遁生活を送っているところからも察してほしいのだが?


 ずいぶんと遠くなった、レオとの邂逅を思い返す。


「フハハハハハ! よくぞここまでたどり着いた勇気ある者よ! 自己紹介をしよう! 治癒魔術を極めたら死ねなくなった!それが貴様たちが魔王と呼ぶ者の正体だ! さあ私を止めなければ魔王教団は止まらぬぞ! 今日この日まで積み上げてきたお前のすべて、この私にぶつけてくるがよい!」

 左腕を腰に、右手を真っすぐ前に伸ばし、ババーン!と効果音が鳴りそうな勢いで大見栄を切りながら。その時までにすでに数十回は口にしたセリフを、自分でも飽き飽きしてきたその口上を、その日私は大広間に現れたレオ一行に向けても言い放ったのだった。

 それまで訪れた勇者、賢者、暗殺者たちの反応は様々で、レオたち一行の反応もことさら特別なものではなかったように思う。

“無限の時間をともに歩む伴侶を。さもなくば安らかな死を。”

 生きることに飽きた私の望みを理解した者はそれ以前にもいた。そもそも魔王教団の前身は私の伴侶たらんと私の治癒魔術を受け入れ、しかし術への親和性が足りなかった者たちの集まりであったのだし。

 享楽に飽き、人助けに飽き、死ぬ方法の模索に飽きた私はとうとう、暇つぶしで統治する気もない侵略戦争を始め、私を殺しきる手段の発明へのわずかな期待を捨てられずに戦を止められなくなり、果ては魔王と呼ばれるに至った。心ある者たちは徐々に私に愛想を尽かして離れていき、当時の私は自暴自棄の極みでもあった。そんな身勝手な私に改めて救いの手を差し伸べた度を越した博愛の持ち主が、私が待ち望んだ無限の時間をともに歩む伴侶たりうる素質の持ち主でもあったことが、私にとっては幸運であったがレオにとってはどうであったのか。とにもかくにもいくらかの紆余曲折を経てレオは私の治癒魔術によって不死を獲得し、それから何千年が経ったか、ヤツが見つけてきた私を殺しきる可能性のある方法をいくつも試しながら今に至るというわけだ。


「レオよ。私と同じ無限の命を得たお主が、いつか必ず私を死なせてくれると約束してくれたから私はこうして魔王業をやめ、新しく仲間を求めることもせずに森の奥でお主の研究成果を待つ生活をおとなしく続けているというのに。今回はずいぶんとご無沙汰だったではないか。さすがの私もちょっとばかり首が長くなってしまったぞ」

「いや悪かったよ。これまでの殺しきるアプローチはちょっと無理だなと思って情報収集してたら形になるまで時間がかかっちゃってさ」

「そうかもしれぬな。いつだったか、塵芥も残さずに消滅したところから、百年かかったとはいえ再構成されたときはさすがに笑うしかなかった。もはや治癒なのかこれは。自分でも訳がわからん」

「でもさ、いくら暇だって言っても迷いの森に住んでるのはお前の趣味だろ」

「艱難辛苦を乗り越え、森の隠者に知恵を求めにきたる。そういった若人との心温まる交流を夢見ていた時代が私にもあったのだよ」

「頼まれた通り森の隠者の噂は各地に残して回ってるけどな。攻略難易度が高すぎるんだよこの辺り。危険すぎるってことで禁足地扱いだぞ」

「どっちかいうと、お主が旅先で全部解決してしまうから森の隠者の需要がなくなっている気もするが」

「引きこもってないで、たまには外の世界の空気を吸ってみたらどうだ。お前が魔王をやっていた時代のことなんてヒト族の間ではもうおとぎ話扱いだし」

「いや、そうは言ってもな。それに私やお主ほどではなくとも長寿を獲得した元教団員やその子孫たちの中には私のことを覚えている者もいるであろう。今さら世間にいらぬ混乱を引き起こさぬようにという程度の配慮は私といえども持ち合わせているつもりなのだ」

「ヒト族のもともとの寿命よりは長くなったといっても、力自慢の酒飲みドワルゴンの子供らなんかはもう何代も世代交代してるし、一番長生きだった皮肉屋エルヴィンのとこもこないだ孫が大往生して代替わりしたって聞いたし、直接お前を知っているやつらはさすがにもういないと思うけどなあ」

「そんなものかの・・・ まあ機会があれば考えてみんでもないわ」

「そうしてくれ。それで本題なんだが」

「急に戻ったな」

「まあな。それでな、結論から言うとこの世界にはお前の無限治癒をなんとかする方法はたぶんない」

「そうか」

「うん」


 そうか。

 治癒の効率化と自動最適化。私が呪われた治癒魔術のコンセプト自体はそう珍しいものではない。しかしこの自動最適化が良くなかった。発動と同時に私の制御を離れたことに気づいた時には後の祭り。今となっては解除しようにも術式の解析も追いつかないし、ここまで魔素効率が高度化してしまってはこの世界から魔素がすべて失われでもしない限りはこの治癒魔術は無限に、無慈悲に作動し続けるだろう。


「ならば仕方がない、世話になったがお主との約束もここまでじゃ。改めてこの世界には私の終わらない暇つぶしに付き合ってもらうことにしようかの・・・」

「いやいやまってまってまって気が早い!」

「なんじゃ。ほかならぬお主が言ったのだぞ。私には安らかな死を得る方法がもはやないと」

「そう、この世界にはたぶんない」

「じゃから」

「だから!異世界転移するんだよ」


・・・うん? 今、なんて? 私は今何を聞かされた?


「失礼した。動揺のあまり今何か、猛烈に頭の悪い聞き間違いをしてしまった。大変申し訳ないのだがもう一度言ってもらってもよいか?」

「異世界に!転移して! この世界にはない他の手段を探すんだよ!」

「はぁ? 異世界? お主ついに耄碌してフィクションと現実の境目がわからなくなったか?」

「そういうだろうと思って確証がない段階では持ってこなかったんだよ! 異世界が存在する確信と転移方法を探してたから今回こんなに時間がかかったんだって!」


 ・・・。

 ・・・・・・。

 無言で見つめあうことしばし。


「本当に異世界などというものが存在して、しかもそこへ行くことが可能だと、お主はそう言うのか」

「できる。方法も見つけてきた。ただ問題があって。転移先がランダムなのと、この術、今のところオレじゃないと使えないんだよ」

「事実上、行ったきり戻ってこられぬというわけだな」

「そう。だからさ、一緒に行かないか」


 ・・・一緒に? お主と? 確かにその方法を採用するならお主に私が同行するのは必須であろうが。

 しかし私はかつて世界を自分のためだけに混乱に陥れ、今しがたも八つ当たりで同じことをしかかったのだぞ。その私のためにお主はそこまでするというのか。そこへ加えてお主は世界を巡りながら人助けをしていたではないか。それはどうするのだ。


「難しく考えなくていいんだって!お前を助けられるのは今のところオレだけなんだからさ!この世界の色々はオレなしでもなんとかできるように弟子を育ててきたし。そもそもオレがいないと成り立たない世界なんて不健全だろ?」


 ああ、こやつはいつもそうだ。不死を得て何千年も経ったというのに変わらない。どうしてそんなにだいそれたことをそうも軽やかに口にできるのだ。 


「まあ・・・ そこまで言うのなら私もこの重い腰を上げてやってもよいが」

「ふふっ、自分で言うかね。じゃあ善は急げだ。これから儀式の準備を始めちまうが構わないか?」

「ああ、よいぞ。長年の引きこもりのおかげでこの世界にさほどのしがらみも残ってはおらぬからな」


 そもそもお主がつきあってくれるのであれば、それが異世界でもどこでも私にとっては変わらないのだしな。


「うん?何か言ったか?」

「いいや。お主こそずいぶんと急な話に思えるがよいのか?」

「まあな、そのつもりでちゃんと挨拶と置き土産はしてきたからな!」

「準備のよいことだ。では支度ができたら教えてくれ。それまで茶でもしばいておくのでな」

「よしきた!」

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