7月10日 田村莉子の手紙

 以下は7月10日、保健室で死去していた田中さくらの手に握られた形で見つかった手紙の全文である。


            *


 さくらへ

 突然こんな手紙、ごめんね。

 多分わたし、これから死ぬと思うんだ。


 わたし、ヨシダくんの呪いをかけてしまったみたい。知らないうちに。


 ずっと、あいつに死んでほしいと思ってた。

 あいつは、ママに気づかれないように、わたしの下着をとったり、お風呂に入ってると、ドアを開けてのぞいてきたり……あっ間違えた〜っていつも言うけど、明らかにわざとで。

 急に抱きついてきて、父親なんだから当たり前だろって言ったり。

 胸のサイズとか聞いてきたり。答えないと、父親なんだから知っておきたいんだって言ったり、ニヤニヤして◯カップだもんなーって言ったり……

 ずっとずっと、ほんとに気持ち悪くて。

 でもママには言えなくて。ママがずっと一人で大変だったの知ってるから……

 それに、もしママがあいつの味方をしたらって思うと、わたし立ち直れないから……


 それで、おとといの夜ね……

 わたしが部屋で寝ようとしてたらね、

 あいつが部屋に入ってきて……

 わたし、あいつに……

(何かを書きかけてグシャグシャと消したような跡)

 必死で逃げようって、あばれたけど、あいつびくともしなくて

 口をずっと押さえつけられてて、声も出せなくて、

 苦しくて はやくおわってって

 今も苦しい

 いたい

 いたみがとれない 


 わたしは、学校でも教室でも、ずっとずっと、あいつに死んでほしいと思ってた。授業中とか、それで頭がいっぱいだった。前からそう思ってたけど、きのうが一番。

 きのうはどうしても家に帰りたくなくて、さくらが習い事に行った後、こっそり保健室に入って、ベッドで寝てたの。マンガ読んで。

 そしたら……

 なんか変な、生臭い匂いがして、

 べちゃっ、て音がして、見たら、

 ベッドのカーテンの向こうに、何かが立ってて。

 そして言ったの。

「莉子お」

って、さくらの声で。

「莉子、いーれーてー」

って。

 わたしはこわくてこわくて動けなかった。

 さくらじゃないことはわかってた。

 それは、言った。

「莉子お、助けてあげるよぉ」

「かわいそうにねぇ」

「いやなやつは、食べてあげるよお」

って――

「ほんと?」

 わたし、思わず言っちゃったの。

 こいつが何であったとしても――あいつを消してくれるなら、それほどうれしいことはない。

「いいよお、莉子が食べていいって言うなら」

と、あいつは言った。

「もちろんいいよ、食べて」

とわたしは答えた。

「じゃあ、おいでって、言ってえ」

「あなた、さくらじゃないでしょ?その声、変だよ」

 わたしは笑った。

「ヨシダくん?ヨシダくんなんでしょう?」

「……そうだよ」

 声のトーンが変わった。少年の声。不思議よね、どこかなつかしい気がする声だった。ヨシダくんの声なんてわたし、知らないはずなのに、まるでずっと親しんでいたような。

 だから、こわくはなくなっていた。

「いいよ、おいで」

 わたしは言った。


 いいよって言ったのに、ふっとそれの気配は消えた。

 カーテンをそっと開けたけど、だれもいなかった。


 家に帰ったらまだ、あいつは生きて、ピンピンしてた。

 わたしは、夢だったのかなって思った。

 がっかりはしたけど、まぁわたしの強い願望が見せてくれた白昼夢なのかなって。

 今度屋上に行って、ヨシダくんに本当に、お願いしてみようかなって思った。


 さっきね、ママからLINEがきたの。

 おねがい早く帰ってきてって。

 それで休み時間にこっそり電話したの。

 ママ、泣いてた。泣きながら言ってた。

 あいつが仕事場のトイレの中での中で死んでたって。

 ママに連絡があって、さっき病院に着いたらしい。

 あいつの体、肩からお腹、片足まで、ごっそりなくなってたんだって。何か巨大なケモノか化け物に、食いちぎられたみたいに。

 あいつの死に顔、すごい顔してたって。まるでとんでもない化け物かなにかを見たかのような。


 わたし、わかっちゃった。

 わたしはずっと、あいつに死んでほしいと願ってた。

 そしてきのう――あたしの体の中には、あいつの

  (何かを書きかけてグシャグシャと消したような跡)

 あいつの体液があった

 屋上じゃなくても、ささげられるのかな

 体の中にあるものでも、ささげたことになるのかな

 とにかくわたしはあいつの体の一部をもって、学校の南西にある教室や保健室で、あいつが死ぬように強く願ってた。

 だからヨシダくんが、願いをかなえてくれたんだ。


 たぶん、ヨシダくんに願いをかなえてもらうと、願った人も死ぬんだと思う。

 だから秋本さんも死んじゃったんだと思う。

 秋本さんも、わたしたちが心配してた以上に、苦しかったのかもしれない。

 今ならわかる。

 だってね、いるの、そこに。

 ヨシダくんがいるの。

 もう、いいよって言わなくても、入ってこれるみたい。


 今までありがとう。わたしさくらがいてくれたから、本当に本当に救われてた。本当だよ。

 大好きだよ。

 ずっと友だちでいてね。

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