6月7日 小林琉維はこづかいをかせぐ
――小林
「ノアちゃん最近会えてないね。今夜どう?」
リオトからのメールが入って、わたしは考える。今夜はこないだのバイトのカバンを置きに行くつもりだった。
でもリオトから誘われたら断るわけにはいかない。このチャンスを逃したら、次はいつ会えるかわかんない。ほかの女に負けてしまうかもしれない。
高校には長いこと行ってない。親も何も言ってこない。あたしにはキョーミがないんだろうから、高校に行ってないことも知らないかもしれない。
正規のバイトだと、お金が振り込まれた瞬間親に奪われる。未成年は親の許可がないと口座を作れないから。
だから現金手渡しの、その場限りのバイトに限る。
カラダを売って4万。パパ活で1万〜3万。コスパが悪い。足りない。リオトに会うには全然足りない。
だから今回のバイトはチャンスだった。カバンを置いてくるだけで10万。置いてくる場所は裏山の火祭んとこの大岩の裏。歩いて10分くらいかな。今は祭の季節でもないから人通りはほとんどないはずだ。だから――
「もちろん!今夜会いに行くね(ハート)」
わたしは迷わずリオトに即レスした。
あいつを使えばいい。カワイイおバカな弟、
「コレ、裏山の
「いくら?」
「3000」
「えー、少ない。せめて5000はもらえないとー」
わたしは舌打ちをし、財布から5000円出して差し出す。
「渡すのは、カバンを置いてきてから。すぐ行かないと無しだよ」
わたしは金を持つ手を頭上にあげた。すぐ行かないと、親に見つかったら面倒だ。小6にしては小さい
「わかったわかった」
弟も金をかせごうと必死なのだ。親から小遣いなんてもらえるわけないし、親の財布から少しずつこっそりくすねていたのが去年バレてボコボコにされたばかりだから。だから姉として、少しは優しくしてあげないとね。
わたしは
だけど――
その5000円を
――小林
5000円。やりい。これで今月はなんとか安泰だ。
こないだ課金しすぎちゃってヤバかったから助かった。
姉貴に渡されたカバンは黒く、ずしっと重い。中身めっちゃ気になる。が、
「絶対開けるなよ。開けたら小遣いなしね」
姉貴にめっちゃ釘を刺されたので、オレは開けません。お金大事。
……これって、闇バイトってやつなのかなあ?
カバン置くだけだから違うか?
「あれ、こばやしくん」
夕焼けもだいぶ沈んできて薄暗い中、岩の方から大人二人と子ども一人が降りてくる。
こんな時間にこんなとこに?
疑問は子どもの顔を見てさらに深まった。小島
「こんなとこでなにしてるの?」
それはこっちのセリフだって。
「えー、散歩。てか、それはこっちのセリフ。小島こそ、こんなとこで何してんの?」
オレが話すと、後ろの小島の母親が眉をひそめる。なんか知らんが、気にしない。
「
へー、そうなんだ。
「こんな時期から?
「準備は春から始まってるの。今、
知らんかった。大変だな。
「こんにちは。小林、くん?
小島の母親がオレに頭を下げてあいさつしてくる。隣の父親もにこっと笑ってちょいっと頭を下げる仕草をする。ちょっとどぎまぎしてしまう。
「あ、こ、こんにちは。えーと、小林
こんなんでいいのか?大人へのあいさつのしかたなんて知らないぞ。
「もう暗いからこの辺は危ないわ。親御さんが心配するよ、そろそろ帰ったら?」
うーん、まいったな。オレがどう返したものか考えていると、小島の父親のスマホが鳴った。小島の父親はスマホでしばらく何か話した後、通話を切って、小島の母親に何か話しかける。もう店に着いたって、とか聞こえた。誰かとどこかの店で待ち合わせでもしているのだろうか。小島の母親はうなずくと、オレを見て、
「ごめんなさいね、わたしたちはもう行くわね。あまり登らずに、早めに帰るのよ」
と言って、小島の手を引いてさっさと降りて行った。
助かった。オレは小島たちの姿が見えなくなってから、ふうーっと息を吐いた。そして、気を取り直して岩を目指して登りはじめた。
小島はいつも高そうな服を着ている。
いつもサラサラの髪の毛を三つ編みにしたりまとめたり、手の込んだ髪型をしている。
多分あれは親がやってくれるんだろうな。
ガタガタの山道を小島の手を取って歩く母親、先頭を歩きながら時々小島たちがついてきてるか確かめるように振り向く父親を見て、オレはそのことに初めて思い当たった。
オレは親に手をつないでもらった記憶なんてない。歩く時はいつも、背中や肩や頭をどつかれる。それか置いていかれそうになって必死で走るかだ。うちの姉貴は髪なんて親に結ってもらったことはないだろう。
小島の家みたいなのが普通なんだろうか?オレん家だけが異常なんだろうか?
親子で祭の下見に来る小島。一人で謎のカバンを持って山を登るオレ。
――考えるとなんだかみじめな気分になりそうで、オレは踏み出す足元に、そして目の前の景色に集中する。
その大岩の裏に、少し窪んだ茂みがあった。
「よっと」
どさっとカバンを置く。なんかどっと疲れた。5000円じゃ割に合わないかもな。オレは帰ろうと振り向いて、
――あれ?
目の前は真っ黒だった。岩は背後にあるはずで、ここには山の木々があったはずなのに、真っ黒ということはつまり、何かがそこにいるということで、
べちゃり。
何か、虫の死骸や獣のフンや果物やその他いろいろなものが腐ったような臭いが鼻をつく。思わず後ずさり、スマホのライトをかざす。
目の前に真っ黒に――いや赤黒く濡れて土ぼこりにまみれた、太い毛のようなものがびっしり。
そこががばっと開いて、
がががが、ぶつり。
脳髄を貫いて全身に響くその音を最後に、オレの意識はぶつんと途切れた。
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