無限仙姫の壊星

鍋島小骨

01:魍魎と人喰い

 しょうは覚えている。

 人も通わぬ原野の果て、斐虎ひこさんの中腹に住む偏屈者の人喰い男に嫁げと言われ、粗末な輿こしから山の斜面に放り出された日のことを。

 逃げ帰る従者たちを追えば王命に背く。そもそも道すらない山中を歩けるような体力を持ち合わせない。宮中ではまるではしためと嘲笑われた粗末な衣を着の身着のまま、何の道具も持たされず身一つで投げ捨てられた。

 人喰い男は斐虎山の怪物をたおして山麓の集落と人々を救ったのだという。その褒美に悪名高い魍魎姫の自分を与えようとは、獣に肉をやるようなもの。王宮はしょうを邪魔な肉として扱った。

 どんな男か知らぬが本当に人を喰うのならば、自分の命数もここまでであろう。あらがえようはずもない。

 何度となく毒を盛っても死なぬこの身を喰わせることで、人喰い男をも斃そうと女王はお考えなのであろう。我が血を舐めた者が三日三晩の高熱で死んだことは記憶に新しい。たいが我が髪を刻んで調べ、猛毒であると女王に奏上したことも。

 我を喰らえば死ぬる。

 だからとて命乞いするつもりはしょうにはない。生き延びたところで、この山中ではどうしようもないのだ。結局はここで死ぬ。

 ただ、人喰い男が気の毒だと思った。善いことをしたのであろうに毒をたまわるとは。だから飛び掛かってくる前に教えてやりたいと思う。

 我を喰らえば死ぬるぞ。我が血肉は猛毒じゃ。

 人喰い男であろうとて人である以上、知る権利も選ぶ権利もあるはずである。

 物音に気付いたか、山腹の崖に掘られた洞窟式の崖窰いえから出てくる人影がある。


 その男、はくと過ごした短い日々を、しょうは永遠に忘れることはない。




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