【水無月の頃】

第1話 手紙の差出人

 明皇館めいこうかんは帝都の一等地に建設されたアールヌーヴォー様式を取り入れた建造物である。

 石造りの外壁には爽やかな水色のタイルがいろどり、その境界を緑に染色された鉄の装飾が枝のように広がっている。曲線を描く窓には色硝子ステンドグラスがはめ込まれており、陽光を受けて鮮やかな光を反射させていた。

 外国の外交官との交流や華族同士の集まりに使われる明皇館は一階に大広間や食堂、バーなどの娯楽があり、二階は客室や談話室が備えられている。今回の懇親会も華族同士の集まりとなるので、許可が下りたようだ。


「すげぇな。ここがお貴族さましか入れない場所か」


 鈴音に付き従う薪田は明皇館の荘厳そうごんさに気圧されたようで、口角を引きつらせながら周囲を見渡した。


「俺、場違いじゃない? 一張羅いっちょうら着てきたけど、これ絶対、もっといいやつ着てきたほうがよかったよね」


 薪田は沈んだ表情でスーツのすそをつまんだ。華族令嬢の付き人として、いつもの白衣姿ではなく亜麻リネンのスーツに赤いネクタイを締めたのだが、どうにも場違いのように思える。

 新しくスーツを仕立てようにも樒が頼み込んできたのは一週間と少し前。休みをもぎ取るために仕事を詰めに詰めていたので既製品すら買いに行く時間はなかった。

 樒への恨み言を心の中で吐きながら、薪田はちらりと隣で黙り込む鈴音を盗み見た。年頃の少女らしい撫子なでしこ色の和装に身を包み込んだ鈴音は、可愛らしい素顔をお面で隠して俯いている。袖から覗く手が小さく震えていることから、彼女の不安を感じ取った。


「うわぁー、マジで緊張する」


 緊張をほぐすためにわざと声を大きくすれば、鈴音は驚き顔をあげた。


「てか、めっちゃ綺麗なところだよな。一般公開したらいいのに」


 その言葉に導かれるように鈴音は周囲を見渡した。確かに広大でありながら手入れが行き届いた庭や苔ひとつ生えていない噴水、自然と一体化した建物は思わず見惚れてしまうほど優雅である。

 これが親睦会という名の催事でなければ、鈴音も目を輝かせていたことだろう。


「……鈴音ちゃん、大丈夫?」


 気遣わしげな視線を受けて、鈴音はやっと自分が緊張していることに気がついた。今から行われる集いには四大華族の代表者が集まる。父に認められてはいないが鷹司家の人間として粗相そそうはできない。緊張から無言で固まっていると薪田はおちゃらけたように口角を持ち上げた。


「緊張しなさんな。俺のほうが場違いすぎて浮いているし、大丈夫だって」

「……すみません。私、こういう集まりって初めてで」

「なら、今日集まる人とも初対面?」

「おそらく、そうだと思います」

三条潔子嬢のことも知らない?」

「はい、お顔も存じあげません。私と同じように妖魔に嫁いだ方としか。……どのような方なのでしょうか?」


 という言葉が気になり、鈴音が首を傾げると、薪田は頬を掻く。


「三条潔子嬢はなんというか、奇想天外っていうのかな」

「奇想天外ですか?」

「よく新聞を賑わしているから、ある意味で有名な人だよ」

「素晴らしい方ということですか?」


 鈴音は瞳を輝かせた。新聞によく名が載る奇想天外な令嬢に興味を抱く。きっと自分のような無能な紛い物ではないのだろうと。

 けれど、薪田はなんとも言えない微妙な表情を浮かべていた。


「素晴らしい、とは程遠いかな」


 それがどういう意味か問う前に、明皇館の扉が大きな音を立てて開かれた。

 あまりの出来事に鈴音が驚き、肩を跳ねさせると洋装に身を包んだ妙齢の女性が駆け寄ってきた。垂れ目がちの瞳をきらきらと輝かせた女性は、鈴音の手を握りしめるとその場で弾むように口を開く。


「まあまあ、いつまでそこにいるつもり? ずっとお待ちしていたのよ!」

「あ」

「あなたは鷹司家の鈴音ちゃんね!」

「そ」

「わたくしは三条潔子よ。鷹司家にご令嬢がいるのは聞いていたけれど、お身体が弱いのでしょう? 今日の体調は大丈夫そう? 今日、お呼びしたのは当事者だけだけど、すぐ近くに病院があるから体調が思わしくなければ言ってちょうだいな。すぐ手配するわ」

「あ」


 あまりにも矢継ぎ早に話しかけられるものだから鈴音は頭文字しか言葉を紡げない。

 それは薪田も同様のようで、二人揃って女性が話し終えるのを大人しく待つことにした。


「鈴音ちゃんの婚約者って今日は来れないのね。とても残念だわ」

「潔子。落ち着け」


 潔子の後を追うように明皇館から出てきた青年は明らかに面倒くさそうな顔をして、はしゃぐ潔子をたしなめた。顔や身体付きは人間と酷似しているが、燃えるような赤い髪から覗く左右非対称の二対の角が彼が妖魔だと教えてくれる。


「中に案内するのが先だろう」


 それでも、潔子は微塵も意に返さず、青年を無視すると鈴音の顔をじろじろと見つめる。


「なんでお面なんてしているの?」

「それは——あっ」


 鈴音は驚いた声をあげると顔を覆った。


「あら、可愛いお顔じゃない」


 外したお面を手にした潔子は、鈴音の顔をまじまじと見るため、その手を掴む。鈴音は抵抗するが女性にしては力が強いため、敵わない。


「傷とか怪我があるから隠しているのかと思ったわ。もしかして、目が真っ赤だから隠しているの? 綺麗なのだから外したままでいいじゃない」

「「だからって勝手に外すな!」」


 薪田と青年の言葉が重なった。


「お前はいい加減に思いついて即行動する癖を直せ! 妖魔おれに注意されるなんて余程だぞ」

「ちょっと、いくら三条家のご令嬢とはいえ失礼すぎません? 流石に看過かんかできないんですけど。……鈴音ちゃん、大丈夫? 爪とか当たらなかった? 顔こっちに向けて」


 二人から責められた潔子は不貞腐れたように頬を膨らませる。


「だって、気になるじゃない。こんなもの着けるなんて、なにがあるのかな? って」

「気になっても勝手に外したりはしないんだよ。普通の感性を持つ人間なら、相手が嫌がることはしないし、理由があるとそっとしておく。お前は人間なんだから低級の妖魔みたいに考え無しで行動すんな」

「まあ! 蘭丸らんまるったらわたくしと低級の妖魔を同列にするつもり?!」

「自分の行動をかえりみろ。ほら、それ寄越せ」


 蘭丸と呼ばれた青年は潔子の手からお面を取り返すと、申し訳なさそうに眉尻を落とした。


「すまない。こいつは悪い奴じゃないんだが、相手のことを考えずに行動をして結果、傷付けるようなことばかりしでかすんだ」

「それ、悪い奴だよ」


 すかさず薪田はつっこんだ。蘭丸からお面を受け取ると未だ俯いたままの鈴音に手渡した。


「お噂通りのお方のようで。鈴音ちゃんは箱入りなんで、もうちょい距離作ってもらってもいいですか?」

「え、なんで? 仲良くなりたいから距離なんて作りたくはないのだけれど」


 不思議そうに潔子は首を傾げて、鈴音を見た。


「鈴音ちゃんもわたくしと仲良くなりたいはずよ」


 自信満々に胸を反らすので蘭丸は頭痛がするのか眉間を抑える。そんな彼の心境が痛いほど理解できた薪田は、妖魔嫌いだが思わず蘭丸の肩に手を置いた。


「ねっ! わたくしのことはお姉様と慕ってくれて構わないわ」


 お面を装着した鈴音が応える前に潔子が喋りだす。


「わたくし、兄が一人いるのだけれど、下の弟妹きょうだいはいないの。幼い頃に両親に頼んだら〝潔子のような子どもができたら困る〟って言われたのよ。どう思う? ひどいと思わない?」

「その」

「だからずっと妹か弟が欲しくてね。鈴音ちゃんっておいくつ?」

「じゅ、十六で」

「あら! わたくしと一回り違うじゃない! ちょうどいいわ」

「……あの」


 あまりにも喋る隙がない。困り果てる鈴音に助け舟を出すように、蘭丸は大きくため息をつくと潔子の帯を引っ張った。


「なにをするの!」

「話し合いは談話室でやるんだろう。いつまで、みんなを待たせるつもりだ」

「あら、それもそうね」


 ころっと態度を変えた潔子は明皇館に向かいながら鈴音と薪田を手招きする。


「ほら、お二人もお早く。みんなが待っているの」


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