勇者様と魔王様に魔法を教えることになりました
凛ノ空
プロローグ
「……どうしてこんなことに」
書斎の扉を開けた瞬間、私は深くため息をついた。
目に飛び込んできたのは、見慣れた静謐な空間ではなく――散乱する本、床に転がる菓子皿、棚から引きずり出された地図や巻物。そして怯えたように飛び回る妖精たち。
その混乱の中心に、二人の青年がいた。
「妖精は、なかなか良い遊び相手だな」
金色の瞳を持つ青年――魔王は、豪快に笑いながらソファへ腰を下ろしている。
彼が視線を向けるだけで、親指大の精霊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「妖精たちをおもちゃにするのはやめてって、何度言えば分かるの?」
「お前と同じで運動不足になりそうだったから、相手をしてやっただけだ。……どうした? 一緒に遊びたかったのか?」
「ええ、いいわよ。――ただし、中庭でね!」
これ以上、書斎を荒らされてはたまらない。
「……あなたも、止めてくれてもいいと思うけど」
隣で分厚い魔道書を広げている青年――勇者に視線を向ける。
「俺が止めて、聞くと思うか?」
素っ気なく返しながらも、彼は淡々と続けた。
「それに……頼み事があるなら、『早く出て行ってほしい』と心の中で繰り返すのはやめてくれないか」
「っ……!」
思わず肩が跳ねる。ほんとうに厄介な能力だ。
目を合わせれば相手を支配できる魔王。
心の声を読み取る勇者。
そんな便利な力を持った二人に、基礎魔法を教える意味なんてあるのだろうか。
「はぁ……」額を押さえ、私は二人を睨みつけた。
「どうして私の書斎にいるの? 散らかすなら、自分の部屋でやってほしいんだけど」
「フン、つまらないことを気にするな」
魔王は足を組み、挑発的に笑う。
「得意の魔法で片付けてみればよいだろう。――先生?」
「俺は散らかしてない」勇者が口を挟む。
「本は書斎で読むものだ。不満なら、この部屋を俺の部屋にすればいい」
「…………」
言葉を失う。
本当にどうして、この二人は一つとして約束を守ってくれないのだろう。
彼らがやって来てからというもの、私の静かな日々は音を立てて崩れ去った。
長らく、この広い屋敷で一人暮らしてきた。たまに顔を出す女神や、世話を焼いてくれる妖精たち以外には、誰もいなかった。だからこそ――こんな喧噪は久しぶりすぎて、頭が痛くなる。
――勇者と魔王。
本来なら決して交わるはずのない二人が、今、同じ屋敷にいる。
この出会いが、私の運命を大きく変えていくなんて。
まだ、このときの私は知らなかった。
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