旅人少女と罪過の勇者

浪々日記

第1話 セレナ

「ふんふんふふ~ん、らららら~ん♪」

ご機嫌なフレーズと一緒に街を歩く。カラっとした涼しい風、レンガ造りの小洒落た街───家出して遥々旅してきた甲斐があったと思うくらいに、西の国の環境は私好みのものだった。なんだか新しい曲も思いつきそうなくらい、晴れ晴れとした気分だ。

「おうそこの可愛い嬢ちゃん!パン買ってかないかい?安くしとくよ!」

「髪飾りも買っていきなよ!アナタならきっと似合うよ!」

「え~?可愛いなんてそんな……えへへ♪それじゃあどっちも買っちゃいます!」

商人さん達の上手い口に乗せられて、パンの袋と一対の髪飾りを受け取る。お財布に残ってた銅貨五枚が全部飛んだけど構わない。旅はこうやって、気の赴くままに進むものだから。

「あ、おばあちゃん!荷物重いでしょ、手伝いますよ!」

「おや……?ありがとねぇ。そこの角の屋台までなんだけれど、年寄りにはきつくてねぇ」

「あ、おじいちゃんが手振ってますね。あのお店まで運ぶんですね?よいしょっと……」

私がそれを持ち上げると、掌にずっしりとした重みが伝わってくる。これはお年寄りにはちょっと大変かもしれない。

時にはこうやって道行く人を助けもする。人との出会い、その場限り結ばれる旅先の縁はきっとすぐに忘れ去られてしまうけれど、それにだって趣がある。私が通った街に笑顔が残ってくれればそれで良いし、それが良い。

「お嬢ちゃんも大丈夫?重くない?」

「んっふっふ~………大丈夫ですよおばあちゃん。さすらいのトリックスター・セレナちゃんにお任せあれです。『アミューズメント』っ!」

短い詠唱と共に、私は慣れ切ったその魔法を行使する。両の掌から溢れた光の粒が荷物を包むと、おじいちゃんの目の前の机にそれはポンと現れた。

「おおっ……!?」

「あら、あなた魔法が使えたのね!凄いわねぇ」

「えっへへ~♪ありがとうございます!」

 向こうからお爺ちゃんの驚いた声。道行く人達からまばらに拍手を貰う。ついでに空のお財布から小鳥が飛び出す芸を披露したら良い感じに人が集まって、銅貨をいくらか投げて貰えた。

「これで今日の宿代も確保っと………」

 銅貨十枚もあれば街の安宿に泊まる事ができる、貰ったお金はそれには充分だった。通過する魔物に怯えながら街の外で野宿をするのはしんどいから、今日一日だけでも宿に泊まれるのは嬉しい。

 ギルドで見つける日雇いのアルバイトを除けば、旅人である私には一切収入がない。だから基本はこうやって、芸を披露して周りから貰ったお金で旅を続けている。

………ちょっと待って!遊び人だって思わないで!いや遊び人なんだけど………冷たい目で見る前に、ちょっとだけ言い訳を聞いて欲しい。

私みたいに魔物と戦う事も物を作って売る事もできない人にできる仕事はほとんどない。酒場でじっくりと長期的に働くみたいな事もやった事はあるけれど、稼いだお金は結局別の国ではほぼ使えない。旅人としてはあんまりメリットが無いんだよね。

そもそも東の国の実家でぬくぬくと平穏に暮らす事だってできたんだし、旅なんかしなければ良かったって言ったら確かにそれはそうかもなんだけれど………

「ど~~しても、旅に出たかったんですよねぇ」

虚空に向け、一人呟く。こんな無茶な旅に繰り出すまでに至る経緯を思い返しながら───


「昔々、魔王が空を支配していた時代」

それは、私がまだ小さな子供だった頃。ママと一緒に街にお出かけに来た時。

「遍く生き物達は空を飛ぶことが出来ず、大地に囚われておりました」

 人混みの中心、吟遊詩人〈ぎんゆうしじん〉のお姉さんは悠々と巻物〈ロトゥルス〉を拡げた。

「空から来る魔王の軍勢は、時には村の人々を連れ去り、時には農作物を奪っていってしまいます。人々は怯えて暮らしておりました」

 お姉さんが弦楽器を奏でると、宙には魔王のような大きなシルエットが映し出される。私だけじゃなく、その場の誰もが当時の情景を思い浮かべ、不安に包まれた。

「そんなある日、西の国では勇者が立ち上がりました。彼の名は───『飛翔〈ひしょう〉の勇者』。魔法で空を飛ぶ事のできた、唯一の人間」

 魔王の影は分散和音と共に霧消〈むしょう〉する。魔王に覆い隠されていた、綺麗な青空が拡がっていく。

「ただひとり空を駆け、魔王と戦った勇者は、十年に渡る戦いの末、遂に魔王を打ち倒しました。そして───こうやって、私達は空を翔〈と〉べるようになったのさ」

 杖に腰かけ、固有魔法で空へと浮かぶお姉さん。その羽根つき帽子から、沢山の小鳥達が青空へと飛び立って行った。

 その美しく希望的な光景に、周囲からは喝采が沸き起こる。私はただ綺麗なお姉さんに見とれていた。人混みの中、そんな私に気が付いたお姉さんは、優しく微笑みかけてくれる。

「初めて聴いたんじゃないか、そこのお嬢さん?東の国〈ここらへん〉じゃあんまり聞かないけど、西の国では子守歌代わりに語られてる英雄譚だ」

「!」

「旅は良いものだよ───気が向いたら空を翔〈と〉んでごらん。私達には、それが出来るのだから」

 後から知った事だけれど、『飛翔〈ひしょう〉の勇者』というのは初代勇者についての御伽噺らしい。彼は固有魔法・『飛翔〈イカロス〉』でもって空の軍勢を打ち倒し、私達の知る鳥達はその後に誕生した───実家の本棚を漁って出てきた伝記にはそう記されていた。

お姉さんは西の国を実際に旅した結果、この物語に出会ったに違いなかった。あと鳥が飛び立つパフォーマンスにも多分深い意味があって、空を翔ぶ事が出来る鳥(Bird〈バード〉)と吟遊詩人の西の国での訳語・Bard〈バード〉とを掛けてるんだと思う。似てるけど語源が違うんだって。

長々と語っちゃったけど、私が言いたいのは……

「うぇへへへへ……♪恰好よかったなぁ~、あのお姉さん……!」

 つまるところ、幼い私は名も知らぬ吟遊詩人のお姉さんにすっかり憧れてしまったのだ。三つ子の魂百まで、過保護気味な実家に居続けたって私の魂はきっともう満足しない。そうするとやっぱり、お姉さんみたいに旅に出てみる他なかった。

 ………今の私があのお姉さんみたいな格好いい人になれてるかというと、あんまりそんな気はしないけど。

「でもでも、これはこれで私らしさが出てるというか……!今のところ旅も上手く行ってますし。それに折角可愛く生まれたんだし、可愛いキャラで売っていきたいですよねっ!」

道端でひとり一喜一憂する。冷静に考えると流石に可愛さでは誤魔化しきれない奇行だけど、ご愛嬌ってことで見逃がしてもらおう。ゆくゆくは有名旅芸人〈スーパースター〉になってみせるんだ、多少の好奇の目にも慣れておかないとね!


「盗人だぁぁぁッ!!!」

「───へ?」

通りに響く大きな声でふと我に返る。

目の前にフッと小さい影が通り過ぎて………パンの入った私の紙袋が抜き取られた。

「あ~~~~~っ!?!?」

私が素っ頓狂な声を上げているうちに、小柄な盗賊の子は路地裏へと素早く逃げていってしまった。夕ご飯、なくなっちゃった……

「ゼェ、ゼェ………くっそ、またやられたッ!あの野郎いっつもウチの商品を……!」

「なんなんだあの尋常じゃない速さ、魔法でも使ってんのか……?」

後から息を切らしたお店の人達がフラフラと追いかけてくる。どうやらあの子はいつもこうやって街から物を盗んでいっているらしい。

「………お困りですか?商人のおじさん方!」

「あぁ……?見てただろアンタ、実際参ったよ、大の大人数人掛かりで子供一人捕まえられないなんてな……」

「ここ数年でアイツは結構な数の商品を盗んで行ってる。盗みやすい店頭に安い商品を置くだとか客に気を付けるように言っておくとか色々対策はしてるんだが……これじゃ商売あがったりだ。早く捕まってくれりゃ良いんだが……」

「そうですよね。でも中々捕まえられなくて困っていると……それじゃあ、ここはさっきパンを全部盗まれちゃったトリックスター・セレナちゃんにお任せあれです!」

どややぁと大見得を切る。力になれるかは分からないけど、困っているおじさん達を放っておくのも違うと思った。

「なんだ姉ちゃん、脚に自信でもあんのか?パッと見は走れそうには見えねぇが……」

「脚にはそんな自信ないので捕まえられるかは分からないですけど……私も魔法には自信があるんです、追っかけてみようと思います!」

私はバックから水筒を取り出し、息を切らしたおじさんの一人に手渡すと……空〈から〉になった両の手から光の粒子を発する。

「水分補給はお忘れなく。休憩序でに私の魔法を御覧あれ、『アミューズメント』っ!」


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