誕生日

冬部 圭

誕生日

 我が家族の誕生日は夏に偏っていて、およそひと月ずつの違いで並んでいる。はじめが息子で次が僕。最後が妻の祥子の誕生日だ。


「誕生日のご飯、何がいいかな」

 まず、息子の誕生日が近くなったので祥子が息子に聞いている。

「えっとね。チョコのケーキがいい」

 ご飯ではなくケーキ。それもチョコらしい。保育園児らしくて微笑ましいなと思う。祥子は呆れた様子もなく、優しい口調で

「そう、じゃあお母さんが作ったチョコケーキでいいかな」

 と聞いている。どうやら祥子はチョコケーキを作るつもりらしい。ここで息子が「かったやつがいい」なんて言うとさすがに機嫌を損ねるんじゃないかと思ったけれど、息子は空気を読んでか素なのかは分からないけれど

「うん。お母さんの作ったふわふわのケーキ」

 と百点満点の回答を返す。息子がイメージしているふわふわのチョコケーキって、チョコスポンジとかチョコスフレかな。どこかで食べたことがあるんだろう。昔、祥子の作ってくれたザッハトルテがおいしかったんだけどと思うけれど、あれは大人の味。お子様向けにはふわふわの方がいいんだろう。

「分かった。お父さんもそれでいいかな」

 祥子に意見を求められる。

「もちろん。チョコケーキ楽しみだね」

 息子は「ふふっ」と笑って、

「たのしみ。チョコがかかったケーキ」

 という。あれ、チョコがスポンジじゃないのか。祥子もどんなケーキがイメージが出来なくなったみたいだ。

「ふわふわの所は何色がいいかな。卵の黄色とか、チョコの茶色とか」

 祥子の優しい聞き取り調査が始まる。

「チョコの茶色」

 当たり前だよと言わんばかりに息子は即答する。スポンジにはチョコを練り込んだものをご所望のようだ。

「お母さんにどんなケーキがいいかしっかり説明しないとちょっと違うケーキになっちゃうかもしれないよ」

 僕の方からも少し補足説明をしてあげる。

「そうだね。おとうさんにぶいから」

 何故か息子の非難の矛先は僕の方に向かう。確かに鈍いけれどそれは今関係ないだろうと思う。

「それで、かかっているチョコは溶けているのかな、固まっているのかな」

 祥子のアンケートは続く。

「かたまっているのがいい」

 息子の中には「これ」と言った形があるのだろう。迷いなく答えていく。

「上にクリームは必要かな」

「いらない」

「お誕生日おめでとうのプレートは」

「いる」

 何度かのやり取りを繰り返して祥子の質問タイムが終わる。なんとなくの形は理解した。どうやって作るか僕には見当がつかないけれど、祥子が理解しているのなら大丈夫だろう。

 結局当日に祥子は卒なくケーキ作りをこなして、

「ケーキおいしい」

 と息子の満足を引き出すことができた。


「お父さんの誕生日、晩御飯はどうしようか」

 僕の誕生日が近くなって、同じように祥子に聞かれる。多分祥子はどうするか決めているのだと思うのであまりおかしなことを言わなければ大丈夫。

「何でもいいよ」とか「お任せします」は駄目な奴だ。せっかく聞いてくれたのだから食べたいものをしっかり主張しなくては。かといって、「お洒落なフレンチレストラン」なんて言うのもNG。家族みんなが楽しめることを配慮しないと。なんて考えていると、

「ハンバーグがいい」

 と息子が答える。もたもたしすぎたか。

「ハンバーグも素敵だね。だけど、お父さんの誕生日だからお父さんの意見も聞こう」

 祥子はやんわりと僕の方へ話を振ってくれる。こんな時、

「ハンバーグでいいよ」

 は駄目な奴。自分の心に正直に

「白身魚のお刺身がいいな」

 と答える。きっとこの答えが九十点。お刺身の他には肉じゃがも好きだけど、誕生日ならお刺身だ。肉じゃがは平穏な日常の味。お刺身はちょっとした贅沢で非日常の味。毎日食べようと思えばお刺身だってスーパーに並んでいるから毎日食べることもできるのだろうけど。

「わかった。まぐろだね」

 全然わかっていない答えが息子から返ってくる。多分刺身という単語に反応したのだろう。彼は赤身の方が好きだからこの答えは想定内だ。

「お父さんは鯛とか平目が好きだな」

 あと、河豚とか。近所のスーパーは鮪の方が優勢だから、僕の方が少数派なのかもしれないけれど好きなものは好きだからそう主張する。

「じゃあ、いろいろお刺身を買ってくることにしようか」

 祥子はそうやって僕たちの意見に折り合いをつける。多分これでみんな満足。めでたしめでたし。


「お母さんの誕生日、晩御飯はどうしようか」

 更にしばらくして祥子の誕生日が近くなったので尋ねてみる。

「大したものは作れないけれど何か作ろうか。それともどこか食べに行くのもいいね」

 今年は休日なのでそんな風に付け足してみる。僕が作ると味はともかく見た目が壊滅的なので、誕生日のご馳走って感じにならないのが難点だ。

「おとうさん、ごはんをつくれるの」

 息子は失礼なことを言う。

「作れるよ。お父さんの作る料理もおいしいから。お父さんに作ってもらおうか」

 祥子がフォローしてくれる。なんかハードルが上がったような気がするけれど。祥子が好きな食べ物でお祝いに向くものって何があるかなと考える。更に僕が作れるという縛りが入ると選択肢はそんなにない。

「お魚のカルパッチョとピッツァがいいかな」

 そんな僕に配慮して祥子からオーダーが入る。

「カルパッチョってあのマリネみたいなやつだっけ」

 センスのない答えを返す。

「味付けは近いかな。付け込むのがマリネで付け込まないのがカルパッチョ。レシピ本もあるよ」

 祥子は機嫌よく答えてくれる。

「なら何とかなると思う。お母さんのために頑張るよ」

 と応じると

「ほんとうにだいじょうぶかな」

 息子は不安そうに言う。

「じゃあ、お父さんを手伝ってあげて。できるかな」

 祥子はうまく息子も動かそうとしている。

「ぼくにまかせて」

 祥子にお願いされて息子もご機嫌だ。誰かに頼られるって大事なことなんだなと思う。

「どんなピザにする」

 またセンスのない問いかけをしてしまって、息子から

「ちがうよ。ピッツァだよ」

 と指摘が入る。そうか、イタリアンということなんだなということにようやく気付く。そう言えばカルパッチョもイタリアンか。

「ごめんごめん。ピッツァだね。それじゃあモッツァレラとバジルとトマトのピッツァなんてお洒落かな」

 マルゲリータをイメージして提案する。それくらいしか自信をもってイタリア風と言えるやつが分からないから。

「ハムとパイナップルがいるの」

 ピッツァと主張した割にはハワイアンじゃないかと思ったけれど抗議はしない。

「じゃあ小さめにしていろいろな味のピッツァを作ろうか」

 そんなやり取りをしたので祥子の誕生日、家族でゆっくりピッツァとカルパッチョを作った。やっぱり見た目はいまいちになってしまったけれど

「みんなで作るのは楽しいね」

 と祥子が微笑んだ。

「ぼくとおとうさんでつくったピッツァ、おいしい」

 息子も満足しているみたいだ。

 以心伝心とか阿吽の呼吸とかの境地にはないけれど、言葉を尽くせばすれ違いが減らせるならそれでいい。誕生日のご飯というささやかなテーマではあるけれど、すれ違いなくイベントを終えることができてほっとした。

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誕生日 冬部 圭 @kay_fuyube

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