第四章 宿題とごほうび
その日も、少女は何の躊躇いもなく長椅子に腰を下ろし、膝に抱えた絵本をそっと差し出した。
ページを開くと、鮮やかな色彩が目の前に広がり、絵の世界が一気に現浮かび上がる。少女は目を輝かせながら、その紙の匂いを深く吸い込むようにして、次の展開を待ちきれない様子で身を乗り出した。
読み終わると、「もう一回!」と、歪んだ笑みを浮かべる。その笑顔には、目を細めるときのあどけなさと、不意に唇の端を上げてみせる悪戯っぽさが混ざり、まるでその場の空気に溶け込むようだった。
二人の読書は二本立てになった。ひとつは「宿題」めいた練習の時間、もう一つは純粋に楽しむための絵本。相川は冗談めいて「宿題とごほうび」と呼んだ。少女はそれを真面目に受け取り、はにかんで笑った。練習用の童話は単純な語りと繰り返しが多く、少女には読みやすい形で設計されている。相川は声のリズムを変え、言葉をていねいに区切り、絵に意識が向かいがちな彼女の視線をそっと文字へ戻す工夫をした。
最初のころは、相川が朗読して少女がただ聞く。次第に相川が一文読んで、少女が繰り返す。ある日には二人で同じ文を一緒に声に出すようになった。その積み重ねは、図書館の冷気と蝉の鳴き声の合間に、静かに育っていった。
その習慣は、夏の陽気とともに確かな音を持って根付いた。図書館に来るたびに、少女は「今日は宿題の方からね」と言って練習用の本を差し出し、終わると絵本を抱きしめて「ごほうび」を求めるようになった。相川はその流れに、いつしか自分も救われていることに気づくのが遅かった。
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