第二章 隣の席
その日、新聞コーナーの席はすべて埋まっていた。年配の男性や学生たちが肩を寄せ合い、静かに紙面を広げている。仕方なく、奥の児童書コーナー近くにある長椅子に腰を下ろした。
目の前の低い本棚には、鮮やかな表紙の絵本が並んでいる。手に取ると、ひときわ深い緑の森と、金色に輝く狼の目が描かれた一冊が目に留まった。言葉は短く、しかしどこか母親の優しい声のように胸に響く。それは、かつて妻と映画館で観たアニメーションのシーンや、縁側で寝転んで読んだ漫画本の懐かしい記憶を呼び覚ました。
ふと、自分の口元が緩んでいるのに気づき、驚いたように思わず呟いた。
「こんな場所も、悪くないな」
心の中でそう感じた。新聞コーナーよりも、ここは静かだ。子どもたちが小さな手で本を開く、柔らかく空気を揺らしている。その音が、心の中で波紋のように広がっていく。
それからというもの、新聞コーナーが混み合っている日には、自然とその長椅子に座ることが多くなった。
絵本コーナーには、小さなカーペットが敷かれ、低い本棚と小さな椅子が並べられている。棚の前には開かれた絵本が何冊も積まれ、色とりどりの背表紙が床近くでひかりを放っていた。
ある日、その長椅子の隣に、小柄な少女が座っているのに気づいた。髪を二つに結び、小さなゴム飾りがゆらゆらと揺れている。毎回、違う絵本を抱えている。彼女の視線が、ちらりとこちらの本の上を横切るたび、何とも言えない懐かしさを感じた。
最初は偶然だろうと思った。しかし、三日が過ぎると、ふと「この子は、いつもこの時間に来るのだろうか」と気になり始めた。そして、まだ声をかけることはなかったが、互いに目が合う度に、ほんの少し会釈を交わすようになっていた。
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