第5話 いやー、相変わらず良いお店ですねー。

 町の門を通り抜けた瞬間、舗装の整った石畳が足元に広がり、活気のある市場の喧騒が耳に飛び込んできた。屋台からは香ばしい匂いが漂い、野菜や果物を売る商人の威勢の良い掛け声が響いている。色とりどりの布地が揺れる衣料品店、金属の音が鳴る鍛冶屋の前では見習い職人が汗をぬぐっていた。


「へぇ……結構にぎやかな町ね。」リネットが目を細めて周囲を見回す。


 石造りの広場では、旅芸人たちが大道芸を披露しており、子供たちの歓声と拍手が絶え間なく続いている。


 そんな町の中心部を歩いていた四人だったが、ミラが不意に足を止め、腹の音がぐぅっと主張する。

「ねえ、とりあえず食堂でも探してごはんにしない? 正直、もうお腹ペコペコなんだけど。」


 それに続くように、リネットも頷く。

「そうね。ずっと緊張してたから、なんだか急に疲れも出てきたし。」


「雰囲気も良いし、地元の料理が食べられるところがいいです……」

 エリアがそう呟きながら、周囲の建物を見渡す。確かに、町の賑わいの中には数多くの飲食店らしき建物が点在していた。


 そんな会話を聞きながら、タローがふと立ち止まり、何気ない口調で言った。


「この町で個人的におすすめの食堂は『ペンタゴン』ですねー。」


「ペンタゴン?」リネットが聞き返す。


「えっ、知ってるの?タローさん」ミラも驚いたように声を上げる。


「ええ、まぁ。この町には何度か来てますからね。『ペンタゴン』は町の南区画にある食堂でして、そこの『ラム肉の串焼き』が本当に絶品なんですよー。」


「ラム肉?」とエリアが興味深そうに身を乗り出す。「どんな料理なんですか?」


 タローはちょっと得意げに目を細めた。


「見た目はすごくシンプルで、ただの肉の串焼きにしか見えないんですけどねー。使ってるスパイスがなかなか凄いものでして。羊肉特有のクセを完全に抑えつつ、旨味だけを際立たせるように調整されてるんですよ。表面はカリッとしてて、中はジューシー。香ばしさとスパイスの香りが合わさって、まさに病みつきになる味ですよー。」


「でも、そういう凝った料理って高そうです……」

 エリアが少し不安げに眉をひそめる。


「そこがまたいいんですよー。あのお店、味は一級品なのに値段は庶民的。串焼き一皿で銀貨2枚程度。しかも大皿に盛られてくるんで、腹ぺこの人でも満足できる量です。」


「銀貨2枚!?それで大皿? やば……!」

 ミラは目を輝かせた。


 リネットは少し懐疑的な表情を浮かべつつも、タローの自信に満ちた態度に心を動かされたようだった。

「そこまで言うなら、試してみる価値はありそうね。地元の人がよく行く店なら、間違いも少ないし。」


「じゃあ決まりですねー。いざいざレッツゴー。」

 タローはいつもの飄々とした笑みを浮かべ、ひらひらと手を振って先導する。


 町の南区画に向かって歩き出した一行は、次第に人通りの少ない裏通りへと入っていった。メイン通りの喧騒が徐々に遠のき、石造りの建物が密集する静かな一角へと辿り着く。


「この辺、ずいぶん落ち着いた雰囲気ですね……」とエリアが呟く。


 やがて、木製の小さな看板が掲げられた建物が現れた。看板には五角形のロゴと、手書きの温もりを感じる文字で「ペンタゴン」と記されている。入口の扉には小さなランタンが吊るされており、中からは香ばしい匂いと賑やかな声が漏れ聞こえてくる。


「ここが『ペンタゴン』ですねー。さ、入りましょう。」


 タローが扉を押すと、心地よい音色の鈴が鳴り、温かな照明と笑い声が彼らを迎えた。木目のカウンター、壁にかかった手書きのメニュー、奥で手際よく調理する店主。すべてが手作り感に満ち、アットホームな雰囲気を醸し出していた。


 席に着くと、タローが迷わず店員に注文を告げる。


「やあやあ、ラム串、四人前お願いしますー。」


 やがて、厨房からジュウジュウという音とともに、香ばしい匂いが漂ってきた。しばらくして運ばれてきた料理は、見るからに食欲をそそる見た目だった。焦げ目のついた肉が串に刺さり、表面には鮮やかなスパイスの粉末が振りかけられている。


「すごい……美味しいって香りだけで分かる……!」

 エリアが目を輝かせる。


「じゃあ、いただきましょうかー。」

 タローの合図とともに、四人は串を手に取る。


 最初のひと口で、リネットの目が大きく見開かれた。

「……これ、驚くほど柔らかいわ……!」


「クセが全然ない! スパイスも全然辛くなくて、深みがある……!」

 ミラも嬉しそうに頬をほころばせる。


「うん……これ、今まで食べたラム料理の中で一番美味しい……」

 エリアがしみじみと呟いた。


「でしょー?」タローは串を口に運びながら、満足げに微笑む。「ここで食べて以来、ラム嫌いからラム好きになりましたからねー。」


 こうして四人は、旅の疲れを癒すように、温かい料理と賑やかな食堂の空気に身を委ねた。


 他愛ない会話が弾み、笑いが自然とこぼれる。洞窟の危機を乗り越えたばかりの彼らにとって、この小さな宴は、仲間としての絆を確かに感じる時間となった。


 タローの導きによって出会えた一皿の料理。だが、それ以上に、こうして囲む食卓が、彼女たちの旅を少しずつ“特別なもの”へと変えていく。


 それは、まだ始まったばかりの物語の、ほんの小さなひと幕だった。

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