第11話マリ子とペダル

 朝の8時、小学校隣の駄菓子屋、南天屋でアイスキャンディーを囓りながらソラタは穂をつけ始めた田んぼを、ぼんやりながめていた。ケンジたちは夏休みの宿題で誰も集まってこない、

 あと三日で夏休みも終わる、ソラタも算数ドリルを半分も残している。困ったなあ、帰って宿題やろうかなあ、と思案しながらアイスキャンディーの半分を口のなかに無理やり突っ込む。

棒を引き抜くと当たりだった、もう一本アイス食べてから家に帰ろうとしたとき、道の向こうから電信柱五本分の距離にナツコと妹のマリ子の姿が合った。ナツコは小さい自転車を押している、マリ子のだろうと思っていると、二つの人影と自転車の影はもう電信柱一本分に近づいて、「ソラタ」とナツコが言ってきた。日差しの強さが声まで揺らしていた。

「ナツコかマリ子、自転車に乗れるようになったのか」マリ子の自転車は赤くピカピカ光っていたが補助倫が付いている、黙っていてもマリ子がこの夏休み、自転車に乗れなかったのを語っていた。

 「ソラタ丁度よかった」とナツコ。ナツコの丁度よかったはソラタにお願いがある時だ。

 ソラタは、頭の中で田んぼを吹く風より早く計算してナツコの次の言葉を待った。

 「ソラタ、マリ子に自転車乗り方教えてよ」

「いいけど、算数ドリル見せてくれるか?」

 困り顔のナツコをみながら「マリ子だけ、自転車乗れないよ、みんな乗ってるのに」

マリ子の声を聞いた今ならソラタはアイスキャンデーも二つ付けてやる。やれやれとナツコはあきらめ顔で、「算数ドリルだけよ」と返す。

 「待ってろ」と言うと同時にソラタは店の中に入り込み、「ばあちゃん、アイスキャンデー二つ、それとモンキーレンチ貸して、おじいさんの使ってたやつ」


 ソラタは小学校の校庭の横、渡り廊下の日蔭でマリ子の自転車の補助倫を片方だけ外し、「マリ子、初めはこれで練習だ、ナツコはバックネットで立って」

「ソラ兄ちゃん、マリ怖い」と言うマリ子にナツ姉ちゃんをまっすぐ見て、足もと見ちゃだめだ、俺が後ろ支えてるから。


 マリ子はソラタが後ろを支えてくれてるのか振り返るので、その度、マリ子まっすぐ前みて、ナツコ、マリ子に声かけて。

 言われてナツコは「マリ子、お姉ちゃんを見て」と声を出す。

何回、そうしただろう。渡り廊下の日蔭で休むナツコたちを横目にソラタはもう片方の補助倫も外した。「大丈夫、マリ子怖い」言うマリ子に「大丈夫、俺が後ろを支えてるからマリ子はペダルをふんで」

 熱心に、教えているソラタを見てナツコも大丈夫、マリ子すぐ乗れるからとナツコの声も夏空の暑さを跳ね返すように校庭に響く。


 何回目かで「もう疲れた」とマリ子がぐずり始めた。よし、もう一回だけやろうマリ子と元気づけるソラタ。ナツコはその言葉に不安になったが、まっすぐにナツコを見つめてくるソラタに「頑張れマリ子」と叫んでいた。

 

 「行けマリ子」ソラタはマリ子の自転車を押した。マリ子はペダルを回し始めた、ナツコが「マリ子、こっちよ」「行け、行けマリ子」といいながらソラタは自転車からそっと手を離した。


 マリ子はペダルを踏み込み、自転車はマリ子を乗せナツコままで、まっすぐ走った。


 南天屋のおばあちゃんに道具を返し、ラムネを三本抱えてソラタが店の前のベンチに座る姉妹に渡した。「お姉ちゃん、私もう一人で自転車に乗って帰れるよ」

 ラムネを飲み三人を大きな入道雲が太陽を隠し、少しだけ涼しい風が三人に吹いた。



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