第30話【国王アルトリウス視点】獅子の静観

静寂。

私が意識を取り戻してよりこの方、この寝室を満たしているのは、あいかわらずの静寂だ。だが、その静寂の裏で、我が王国が激しい嵐に見舞われていることを、私は肌で感じていた。


「――以上が、大神殿における審問会の顛末にございます」

主治医ゲルハルトが、声を潜めて報告を終えた。その顔には、未だ興奮と畏怖の色が浮かんでいる。

聖水を飲み干し、聖なる光を放ったスライム。教皇グレゴリウスは、その奇跡を前に、あのスライムを『聖獣』として公式に認め、神殿で保護することを宣言した、か。


面白い。実に面白い。

我が胸の上で無邪気に眠っていた、あの小さな温かい存在が、今やこの国の権力構造そのものを揺るがす嵐の目となっている。


教皇の狙いは明白。王家の権力闘争が膠着する中、『聖獣』という新たな権威によって、失墜した神殿の威光を取り戻そうという魂胆だろう。リチャードもイザベラも、神殿の決定には表立って反対できまい。実に老獪な一手だ。


我が息子、リチャード。彼はあのスライムを手駒にしたと信じ、悦に入っているだろうが、その実、餌付けしているだけの道化に過ぎぬ。

我が娘、イザベラ。彼女は弟の愚かさを嘲笑い、高みから盤面を眺めているつもりだろうが、あのスライムの混沌とした本質を、まだ見極めきれてはおるまい。

そして、リンドヴルムの娘、セレスフィア。下層地区の民衆を味方につけ、王女や大神官と渡り合う胆力。彼女は、あの小さな聖獣を操っているのではない。むしろ、あの予測不能な嵐を乗りこなし、自らの帆に風を受けているのだ。


呪いをかけた犯人は、まだ分からぬ。だが、焦る必要はない。

私が眠り続けていることにしている限り、奴らは油断する。そして、互いに牽制し合い、やがては綻びを見せるだろう。

その時まで、私はこの病床という名の玉座から、静かに見届けさせてもらう。

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