B-B-B-Beat ! 〜学園一の美少女とバンド組んだ〜
ぶ\WLD
第1話 萩田天仁
一人の女の子がキッカケで、自分を取り巻く世界が変わる——そんなドラマみたいな展開、自分には起こるはずがないと思っていた。
目立たず静かに過ごしてきたこの僕が、まさか美少女たちとバンドを組んで一部地域(?)をちょっぴり賑わせることになるなんて、1ミリだって想像できるわけもなく……
これから始まる物語は、そんな典型的な『身バレに気をつけろ系ラブコメディー』だ。
◇◇◇◇◇
————高校に入学して1ヶ月。
ここ『
そんな進学校に通う、僕——
朝、教室に入れば挨拶を交わし、授業中はノートを取り、休み時間は席を立つことなく本を読んで過ごす。
それが僕の日常だ。
友達はいないけど、話しかけてくれる人はいる。自分から誰かの輪に入っていくのは得意じゃない。なので一人でいることが多かった。
一人の時間は嫌いじゃないし、むしろ落ち着く——ただ、体育祭みたいな全員参加型のイベントだけは、正直しんどい。
————5月下旬のある日。体育祭を控え、体育館では各学年のC組とD組の生徒が集まり、応援練習を始めようとしていた。
他のクラスは授業中だ。なので最初の頃はなんとなく“特別な時間”に感じていたんだけど……
(今から地獄が始まる……)
練習が厳しいわけじゃない。先輩が怖いわけでもない。そんな昭和みたいなノリはとうの昔に絶滅した。
理由はただひとつ。
————太鼓だ。
これから行うのは太鼓のリズムに合わせた応援コールの練習だ。
五分に満たない時間だけど、僕には永遠に感じるほど苦痛な時間だった。
体育館に和太鼓の重たい音が鳴り響く。
“ドン、ドン、ドン——”微妙に遅れる三拍目。“ドン、ドン、ドン——”今度は早い。
その不規則な振動が、僕の胸を直接揺さぶる。生徒一人ひとりの力強い声が場内を満たすが、僕の耳にはズレたリズムしか届かない。
(今日もか……毎度毎度、テンポと音のムラが……)
太鼓の奏者は2年生が日替わりで担当している。なので日によって程度は違うんだけど……
(————今日は一段と酷い……あー……胸焼けが……吐きたい……)
正直、今日の奏者は今までで一番酷い。
僕が苦手にしているのは「不規則な振動」だ。
太鼓の振動は体に直接響く。その振動が不規則なら、どれほど不快か想像できるだろう。僕は今、車酔いをしたような感覚に襲われていた。
(……うぷっ)
もうだめだ——そう思ったその瞬間。
「————ヤメッ!」
号令がかかった。
(助かった……これ以上続いたら……いや、時間的にもう1回やるな……今度こそやばいかも)
「萩田、大丈夫か?」
「————だめ……」
隣に立つクラスメイトが、今日も僕の様子に気づいて心配そうに覗き込む。
「昨日も言ってたけど、そんなに振動ダメなのか?」
「……振動より……リズム……ズレてるリズムが……ううっ」
他の生徒たちはケロッとしている。
そもそも太鼓の振動とリズムで気持ちが悪くなるなんて聞いたことがない。僕が異常なのだ。
みんなには太鼓のリズムとメトロノームのリズムの違いなんてわからないだろう。
僕もこの練習が始まるまでは知らなかった。自分が人一倍、その「違い」の許容値が小さいということに。
神経質というわけではない。リズムに関してだけ敏感らしい。
そんな時だった。
列の中から女子生徒らしき影がひとつ「スッ」と前へ出るのが見えた。
黒髪が光を跳ね返すように揺れる。
チームリーダーの前に誰かが歩み出たようだ。
前方から、ざわ……と波紋のようにざわめきが広がる。
「え、あの子?」「マジで?」「嘘だろ……」
周りのざわめきに首を伸ばして前を見るけど前列に遮られて見えない。
そのざわめきは、さらに広がり館内は騒然となった。
「なんだ?」
「なんかあった?」
周囲に並ぶ生徒たちも頭を右へ左へと動かしながら様子を窺おうとしている。
騒ぎの理由はまだ不明だ。
その時——、
“ドンドンドンドンドンドンドンドン——————”
太鼓を軽く連打する音が響いた。
その直後リーダーの声が体育館に響く。
「じゃあ、もう一度行くぞ!」
リーダーの声に合わせて再び太鼓の音が響き渡った。
“ドン! ドン! ドン!”
最初のフレーズ目が体を揺さぶる。
“ドン! ドン! ドン!”
一フレーズ目と寸で変わらぬ音色とリズムが真っすぐ通っている。
その瞬間、胸の奥で何かが変わった。
さっきまであった黒いモヤのような不快感が、音に溶けるように消えていく。
太鼓の音が体を通り抜けるたび、呼吸が楽になっていくのがわかった。
心臓の鼓動と太鼓のリズムが重なり合って、まるで自分の体が音楽の一部になったような感覚。
(……なんだ、これ……)
まるで体育館全体が一つの拍子に支配されていくような完璧なリズム。
さっきまでバラバラだった拍が一本の線で繋がった。
まるで「音が見える」——そんな錯覚を覚えた。
(完璧だ……すごい……)
胸の奥に溜まっていた重さが静かに消えていく。
気持ち悪さが静かに溶け、代わりに小気味のよい爽快感がゆっくりと体を満たしていった。
(————すごい……まったくブレない……)
“ドン! ドン! ドン! ・ ドン! ドン! ドン! ・ ドン! ドン! ドン! ・ ドン! ドン! ドン!……”
さっきまでの太鼓とは明らかに違う。
単調なリズムが機械的に正確に延々と鳴り響いている。しかも機械的なのに無機質じゃない、ぬくもりにも似た”温度”がある。さらには音だ。音量も音質も揺らぐことなく一点の乱れもなく響いていた。
(すごい。正確だ……本当に正確すぎる。誰が叩いてるんだろう?)
気づけば僕は前の生徒の肩越しに身を乗り出して覗き込んでいた。
————見えた! その瞬間、息をのむ。
黒髪を高く束ねたポニーテール。
腰を落とし真っ直ぐに構え腕をしなやかに振り抜くたび、髪が揺れ、太鼓が鳴り、空気が波打つ。
(……かっこいい……)
音に聞き惚れ、叩く姿に見惚れた。
そして顔を見て思わず息をのむ。
(……え⁉︎ ……十色さん……なの?)
黒髪の下から覗く顔を見た瞬間、僕は息が止まりそうになった。
————
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