第17話 逃げ場のない孤独


アリスが光の大精霊を呼び出したあの日から、私の世界は音を立ててひび割れていった。

いや、正確に言えば、割れたのは私の心の方だ。


朝起きて食卓に座ると、両親の口からまず飛び出すのはアリスの話題だった。

「光の大精霊を従えるなんて、まさに英雄の再来だな」

「本当に眩しい子よね。王国の未来を背負って立つ存在だわ」


私は席に座り、パンを千切りながら黙って頷くだけ。

誰も私の名を呼ばない。

――まるで、私は最初からこの場に存在していないみたいだった。


かつては「ティナも頑張っているね」と言ってくれた時期があった。

けれど今は、私の努力など無意味だと突きつけられるように、アリス一色の会話が続いている。


食欲はない。

けれど、何も言わずに席を立つことすら許されない雰囲気が、この家にはある。

私は喉が詰まりそうになりながら水でパンを流し込んだ。


――アリス。


彼女は昔から完璧だった。

剣を振れば私より速く、美しく。

勉強をすれば、私が夜を徹して読み解く本を、彼女は一晩で理解してしまう。

そして、誰にでも優しい。

笑顔を向ければ自然と人が集まり、愛される。


私は何度もその背中を追いかけた。

「一緒に頑張ろう」と言われるたび、胸が痛んだ。

その優しささえ、残酷だった。

私が必死に伸ばす手は、彼女の背中にすら届かない。


――だから、私は禁術に手を伸ばした。


どうしても「特別」が欲しかった。

アリスの光に照らされるのではなく、私自身を見てほしかった。

その一心で、私は彼を呼び出した。


黒い霧の中から現れた彼――主人公。

最初は恐ろしい力を感じたけれど、その目は驚くほど穏やかで、私を見ていた。

誰も見てくれなかった私を。


「……ティナ、顔色が悪いな」

そう言ってくれる彼の声は、心地よい痛みのように胸に響いた。


「平気。まだやれる」

「無理はするな。昨日より一歩進めれば、それで十分だ」


その言葉が、どれほど欲しかったことか。

父にも母にも、兄にも姉にも、そしてアリスにも言われなかった言葉。


私は必死で剣を振った。

腕が震え、膝が笑っても、彼は「よくやった」と笑ってくれる。

涙があふれそうになるのを必死でこらえた。


――ああ、やっと。

やっと、私を見てくれる人がいる。


夜。

屋敷に戻ると、夕食の席はやはりアリスの話題で持ちきりだった。

「光の大精霊……まるで伝説ね」

「きっと王国にとって大きな力になるわ」


私は黙ってスープを口に運ぶ。

味なんて、わからない。


そのとき、兄がふと私を見た。

「ティナも、アリスと一緒に頑張るといい」


……それは励ましのつもりなのだろう。

でも私には「アリスの後ろにいろ」という言葉にしか聞こえなかった。


胸の奥が冷えていく。

「頑張る」という言葉が、こんなにも残酷に響くなんて思わなかった。


私はただ――私だけを見てほしかった。

家族の誰か一人でもいい。

アリスではなく、ティナを見てくれる人が。


けれど、いない。

この家には、私を見てくれる人は。


――でも、彼は違う。


翌朝、私は森へと向かった。

剣を握りしめ、彼のもとへ。


「昨日より速く振れてる」

彼はそう言ってくれた。


それだけで胸が熱くなる。

私の努力を、彼はちゃんと見てくれる。

彼の言葉は、私を支える唯一の光。


「……私の努力、誰も見てくれないの」

思わず口からこぼれていた。


彼は黙って私を見つめ、そして優しく言った。

「俺は見てる」


涙が頬を伝いそうになる。

必死でうつむいたけれど、彼の声が胸に刻まれて離れない。


「俺は、ティナのことをちゃんと見てるよ」


その一言だけで、生きていける。

どれだけ家族に無視されても、アリスの背に追いつけなくても。

彼が見てくれるなら、それでいい。


だから私は今日も必死に剣を振る。

ただ彼に――私を見ていてほしいから。





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