第11話 最初の鍛錬
ティナと契約を果たしてから数日が経った。禁術によって呼び出された俺は、精霊と呼ばれる存在としてティナの隣に立ち続けていた。彼女にとっては初めて「自分だけを見てくれる誰か」ができたわけで、その眼差しは日に日に俺に向けられる時間が長くなっている。
ただ、契約を結んだだけでは強くはなれない。この世界の人間は精霊と契約することで魔力の増幅や特性を得て、戦いの力を高めていく。けれどティナが望む「アリスに勝つ」「誰にも負けない自分になる」という目標に到達するには、普通の努力では到底届かない。
俺は元の世界で、このゲームをやり込みすぎて細部まで把握していた。だからこそ分かる。ゲームの中ではティナは「救われなかったヒロイン」であり、その努力が結局は報われなかったことを。
「……さて、まずは基礎から始めようか」
俺がそう告げると、ティナは不安そうに目を見開いた。
「基礎……?」
「ああ。魔力操作、体の鍛え方、戦い方。どれも土台ができてないと、大会じゃ通用しない。ティナはいままで『精霊が力を貸してくれるのが当たり前』だと思ってただろ?」
「……うん。だって、そういうものだから」
「でも、それだけじゃ駄目だ。精霊がいくら強くても、契約者自身の土台がなければ力は活かせない。だからまず、ティナ自身を鍛える」
ティナは小さく頷いた。その顔には不安と期待が混ざっている。俺は、そんな彼女の反応がいちいち愛おしいとすら感じていた。ゲームの中でどれほど不遇でも、現実に目の前にいるティナは、泣き虫でも頑固でも、ひたむきに頑張ろうとする普通の少女だ。だからこそ支えてやりたい、救ってやりたいと心の底から思う。
「じゃあ、まずは魔力の流れを感じ取るところから始めよう」
俺は指先をティナの胸元に軽く触れた。心臓の鼓動と一緒に、彼女の魔力の流れを感じる。魔力というのは血流のように全身を巡るものだが、無駄が多ければ疲労が溜まりやすく、力も十分に引き出せない。
「ほら、今の状態だと流れがバラバラだ。力が散ってる。意識して整えるんだ」
「……どうすれば?」
「呼吸と一緒に魔力を循環させるんだ。吸って、吐いて……そのたびに魔力を胸から腹、腕、足へと順に流す。血が巡るみたいに」
ティナは目を閉じて必死に集中した。何度も失敗し、魔力が逆流して苦しげな顔をする。それでも諦めなかった。小さく、何度も深呼吸を繰り返し、少しずつ魔力の流れを整えていく。
「……できた?」
「……うん、なんとなく。胸の奥があったかい」
「それだ。覚えておけ。魔力は力の源だ。まずは自在に扱えるようになれ」
俺がそう告げると、ティナは小さく笑った。普段は自分を卑下してばかりの彼女が、今は誇らしげに微笑んでいる。その笑顔を見て、俺の胸が熱くなる。やっぱりティナは、救われるべき存在だ。
***
数日後、ティナは基礎的な魔力操作を覚え、次は体術の訓練へと移った。精霊の加護に頼らず、自分の体を思い通りに動かす。それは彼女にとって初めての経験だった。
剣を握らせ、木人を相手に打ち込ませる。最初は腕が痛いと泣き言を言っていたが、繰り返すうちに少しずつ形になってきた。
「……はっ!」
木剣が風を切る。まだぎこちないが、確かに力が乗っている。俺はうなずきながら見守った。
「いいぞ、その調子だ」
「ほんとに……? 私でも、強くなれてる?」
「なれてるさ。ティナは今、確かに強くなってる」
その言葉に、ティナは顔を赤らめて視線を逸らした。けれど、その頬は嬉しそうに緩んでいる。誰かに認めてもらえることが、これほどまでに彼女を変えるのか。胸の奥がじんと熱くなった。
その夜、焚き火の前で並んで座っていると、ティナがぽつりと呟いた。
「ねえ……ずっとそばにいてくれる?」
「当たり前だ。俺はティナと契約したんだ。どこにも行かない」
「……そっか。よかった」
彼女は安心したように微笑んだ。その笑みは、まるで幼子が母親に抱きつくように純粋で、同時に切なさを帯びていた。こんなにも強く「見ていてほしい」と願う少女を、誰が見捨てられるだろうか。俺は心に誓った。絶対に、この子を一人にしないと。
こうして、ティナの修行の日々が始まった。彼女の瞳は少しずつ自信に輝きを取り戻し、俺に向けられる眼差しは日に日に強くなる。その依存は確かに重い。けれど、その重さごと受け止めるのが、俺の役割なのだと思った。
――修行の幕開けは、こうして静かに始まったのだった。
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