2030年、真夏の京都の夢

みならいたいわ

第一話 2030年、灼熱の京都

「お久しぶりね、ミズナさん。ストレッチ素材のセットアップに白スニーカー、お似合いだけど、暑くない?あなたも京都市のSDGs推進の委員なのね。こんな酷暑の日に、SDGs最終年度、2030年度のキックオフなんて。外、42度まで上がるらしいわ。今、どんなお気持ちかしら?」


「正直、信じられないですね。この気温。いや、京都って夏は暑いけど、ここまでとは。なんだか別の時代に来たみたいで。」


「別の時代。ふふ、面白い比喩ね。その“別の時代”に来たミズナさんは、何を感じてるのかしら?」


「うーん、未来がこんな形だなんて、もっと違う選択肢があったはずだっていう。後悔のようなものがあるかな。」


「その“もっと違う選択肢”とは、どんなものだったと想像します?」


「エネルギーの使い方、都市の作り方、人の暮らし方。全部、もっと早く変えていれば。あ、いや、急にそんな話をしてすみません、レンコンさんは、コーチングをされてるんですよね?」


「そうなの。企業の経営者向けに、会社の長期的合理性を実現する勇気を与える仕事なの。ミズナさんはコンサルタントだから、SDGsの最終年について、どう感じているか興味があって。あなたの中には、その“もっと早く”の思いが強くあるのかしら?その思いを、今ここで生かすとしたら?」


「今からでも、諦めない。たとえこの暑さが消えなくても、100年後の世代の人たちに、少しでも美しい京都を渡すことはできる。そんな活動をしたいですね。」


「“少しでも美しい京都”——それはどんな景色かしら、ミズナさん?」


「はは、コーチングみたいですね。ありがとうございます。京都からクルマがなくなり、この市役所から見える景色が、すべて緑に溢れている。かも川に木陰が増えて、みんなが笑いながら歩いている。夕方の風が、もう少しだけ涼しい——そんな景色です。」


「その景色を想像すると、どんな感情が溢れてきますか?」


「胸の奥、いや、もっと奥から、悲しみなのか、後悔なのか、ずっと前から感じ続けてきたような感覚。ぼくは何のためにここにいるんだろうかって、混乱しています。変ですね。」


「変ではありませんよ。ミズナさん、その感覚は、あなたがここに来た理由とつながっているのかもしれません。」


「あなたを信じて、へんなことを言っていいですか。もし仮に、ぼくが“別の時代”から来たとしたら、信じますか?」


「私は人を信じることが仕事だから。聴かせてくれますか?」


「2025年から来ました。仕事で京都に来たはずが、気づいたら、この灼熱の2030年に立っていました。」


「それを聞いて、ちょっと感じてた違和感が晴れたわ。5年前に流行ったファッションも含めて。あなたがここに来たのは、ただの偶然だと思う?」


「本当は、偶然じゃない気がします。この光景を見て、何かを伝えに来いと、誰かに背中を押されたような。」


「——そう。ミズナさん、これは運命なのよね。」


「ええ、そう思います。この暑さの中でも、諦めないための旗を、ここに立てます。」


「ナス市長の挨拶が始まるわ。またあとでね。」


「あ、はい。聴いてくださって、ありがとうございます。」


💬🤝💬✨💭↔️💭✨💬🤝💬


「ミズナさんですね、よろしくお願いします。京都市長のナスです。あなたの手腕については、ネギ部長からよく聞いています。まだSDGsは今年いっぱいあります。どこまでできるか分かりませんが、諦めずに、よろしくお願いします。」


「ナス市長、ありがとうごさいます。素晴らしいスピーチでした。ネギさん、部長になられたんですね。正直にお伝えすると、2030年になって、ここまで温暖化が進んでしまっている中で、まだ諦めないというメッセージに驚きました。」


「ただのバカに見えますよね。これまでの2期、何やってきたんだ、今さらなんだって思いますよね。」


「いや、そういう意味ではなくて、ほんとうに諦めちゃいけないんだって、勇気をもらったということをお伝えしたかったんです。それにしても、この5年でここまで温暖化が進むとは、2025年の私たちは気づいてなかったですよね。」


「今から思えば、その時から、できることではなく、すべきことにみんなで取り組んでたらって、思うことはあります。でも、過去は変えられないけど、未来は変えられるって、本気でこの2030年からでも始められるって思うことにしたんです。どうして人間は、ほんとうにヤバくなるって分かってても、ほんとうにヤバくなるまで変わらないんでしょうね。いまの私の覚悟のまま、2025年に戻れたらって思いますよ。」


「もし戻れたら伝えますね、2025年のナス市長に。5年後に後悔しないようにって。」


「お願いします!は、は、は、面白い人だ。」


「でも、正直なところ、2025年のナス市長にこのことを伝えても、信じてもらえる気がしません。その頃、SDGsをどのくらい本気で捉えていたんでしょうか?ここだけの話、教えていただければ。」


「そうですね。京都議定書の誇りもありましたし、SDGs先進都市にも選ばれていたんですが、正直にいえば、京都だけが頑張ってもって気持ちはありましたよ。世界中の人が本気にならなければ実現できない目標でしたから。でも、ここまで温暖化が進んでしまって、そんな悠長なことを言ってる場合じゃなかったと、当時の私に怒鳴りつけてやりたい気持ちですよ。」


「未来の記憶って、どうやったら感じることができるんでしょうね。2025年の市長が、今の市長の気持ちを思い出すことができたら、いや予知できれば、今が大きく変わっていたはずですよね」


「そうですね。妄想ついでに、もしミズナさんが2025年の私に会って伝えてくれるならば、温暖化を止めるためのことは、やれることは全部やるよう、伝えてほしいですね。やれることって言うのは、みんながどんなに反対しても、諦めずに知恵をしぼり、考え得ることをすべて実行する、という意味ですよ。」


「ぜったい伝えます。そこまでおっしゃるなら、政策も具体的に伝えてみてはいかがでしょうか。今だから分かることは、温暖化を止められなかった要因は、クルマも電力使用量も減らせず石油を掘り続けたこと、マンションやオフィスを建て続けたこと、資源循環をやりきれずにごみを増やしてしまったことだと思います。これらをゼロにするって、市長として宣言して、実行してもらうのが一番です。京都だけではなく、京都の覚悟は世界のたくさんの都市に勇気を与えるはずです。」


「そうですね。世界に突き抜ける京都市は、クルマゼロをめざしましょう。昔からの街並みを守るために新しい建築物をゼロにして、リノベーション都市になることを宣言しましょう。ごみゼロも宣言して、すべてのごみを資源として循環させましょう。」


「いいですね!それ、すべてできることだと思います!!」


「5年前に覚悟を決めてたら、今日はどんな日だったのかなぁ。」


「景色がまったく違っていたかもしれませんね。」


「人は。未来の記憶があれば、後悔しないんだけどね。ミズナさん、今からでも何とかなると思いますか?」


「分かりません。でも、もし2025年に戻れたら、ナス市長に未来の記憶を伝えて、今日の京都が違うものになるよう努めることは、お約束します。」


「ミズナさん、ありがとうね。勇気をもらったよ。2025年に戻らなくても、今からクルマゼロ、新築ゼロ、ごみゼロは、ぜったいやろう。京都の千年の歴史の中で、たった5年間のことを後悔しても、しゃーないしな。」


「市長。いまお話ししたこと、必ず実行しましょう。それができると、私は信じています。」


💬🤝💬✨💭↔️💭✨💬🤝💬


「ミズナさん、今日はありがとうございます。」


「あ、ネギ部長ですね。いま市長と話したんですが、本気でしたよ。」


「からかうのはやめてください、部長だなんて。私は係長ですから。」


「え?どういうことかな。さっき、市長がネギさん部長になったって言ってましたよ。」


「ご冗談を。それより、市長はどんなふうに本気になってましたか?」


「いま、西暦何年でしたっけ?」


「なんですか。2025年ですよ!ごまかさないでください。市長は、なんて?」


「クルマゼロ、新築ゼロ、ごみゼロをぜったいやるって。」


「へ?ほんとですか?それはミズナさんの主張ですよね。だまされませんよー。」


「ちょっと落ち着いて話しましょう。今は2025年ですよね。信じてくれないと思うけど、2030年の京都は、最高気温42度だった。その時のSDGsの委員会のキックオフで、ナス市長と話したんです。5年前に本気でスタートすべきだったと。でも、2030年からでも諦めずに始めるって。このことを今のナス市長に伝えなきゃいけない。」


「面白いストーリーですね。ミズナさんのワールドに巻き込まれちゃいそうです。でも、夢だとしても、今の話はいいですね。ナス市長に、そのまま伝えてみましょうよ!」


「いや、夢じゃないんだよ。」


「ま、いいじゃないですか。とにかく、今の話を市長に伝えましょう。」


「ネギさんは、市長が信じると思う?」


「信じるかどうかは、意志ですから。ナス市長なら、そういう話を理解できる人です。」


「じゃぁ、ナス市長は信じるとして、問題は2030年の京都の酷暑を見ていない人たちに、どこまで腹落ちしてもらって、議員や民間企業を本気で動かせるかですね。」


「ミズナさん、いいですね!ほんとうに2030年を見てきたみたいだ。主演男優賞ものですよ。やっぱ、オトコマエはちがいますね。私もほんとうに信じ始めてますよ。」


「まぁ、いいですん。信じ始めてくださるなら、それに越したことはない。ちなみに5年後、ネギさんは部長になってましたよ。」


「え——!ほんとですか!!冗談でも嬉しいですね。がんばっちゃいますよ、私。」


「あ、でも、本気でがんばらない未来で部長だっただけだから、今からがんばっちゃうと出世コースからはずれちゃうこともあるかも。ま、いいか。よ、ネギ部長!がんばりしょう!!」


💬🤝💬✨💭↔️💭✨💬🤝💬


「あ、ミズナさん。ここにいらしたのね。スピーチがあるから、ぜったい来ると思ってたんだけど、探しちゃったわ。」


「レンコンさん、あれ?さっき話、しましたよね。ぼくが2025年からやってきたって話、信じてくれたじゃないですか。」


「何言ってんのよ。ま、あなたが2025年に京都市に来てから、ほんとうにSDGsの取り組みは変わったわよね。まさか今、京都市役所から見た景色が、こんなになるとは誰も思ってなかったわ。当時のSDGsの委員会で、あなたが行政案のビジョンをこてんぱんに否定して、クルマゼロ、新築ゼロ、ごみゼロをめざすくらいしましょうよって叫んでいたとき、この人、頭おかしいって、正直、わたし思ったのよ。」


「覚えてますよ。委員会の先生方にはがいじめにされて、一発退場でしたね。」


「驚いたのは、その一週間後、ナス市長の鶴の一声で、あなたの妄想と同じことが京都市の政策になったことよね。早かったわ、あのときは。ミズナさんが市長の弱みをつかんで脅したんじゃないかって、そうでもなければ市長が急にあんなこと言い出すはずないって、飲み会でみんな話してたわ。何が起きたのかしらね。でも、そのおかげで、今の京都市がある。そして、世界のSDGs達成をお祝いすることができている。あなたって不思議な人ね。」


「え?よくわからなくなってきた。いまは2030年の京都で、SDGsが世界で達成されているって?いったい今日の最高気温は何度なんだ。」


「なんか今日のミズナさん、へんね。窓の外を見て。あなたが言った通り、この京都市役所の窓から見えるのは、緑だけ。クルマは一台もない。信じられないわ。」


「ほんとだ——!!この景色、見たかった景色だ!」


「へんなミズナさん。もう見慣れた景色でしょ。ちなみに今日の最高気温は25度。京都の夏は暑いって、もう誰も言わないわ。」


「このあと、ぼくがスピーチすることになってるんだっけ?」


「そうよ、楽しみにしてるわ。今日は、ほんとうに記念すべき日ですから。」


「あの——、もしよかったら、頭の整理のために、2025年からこの5年間、何が起きたか、ざっと振り返ってみない?」


「ふふ。面白い、ミズナさん。いいわよ。ナス市長が3つのゼロを掲げたあとの話からね。ふつう行政って、ビジョンとか作ると、それを市民に知らせます、啓発しますとかで1年くらいかけちゃうじゃない、でもナスさん違ったわよね。全庁横断で3つのゼロのプロジェクトをすぐさま立ち上げて、役職関係なく、やる気のある人をどんどん登用していった。私も陰ながら、プロジェクトリーダーのコーチングをする役割を公式に与えられて、彼女たちの、そう、プロジェクトリーダー3人がすべて女性だったということも、ナス市長の英断よね。彼女たちが、一人の人間として、次の次の世代に美しい京都を残すんだっていう、本気の願いを引き出し、そして難局に立ち向かうのをサポートしたわ。ま、私の話はいいわよね。」


「そうだったね。うん、うん。そうだった、そうだった。」


「行政職員の事務能力ってこんなにすごいんだって、そのとき、私たちははじめて知ることになったのよね。毎週、課題が山のように壁に貼られて、次々と解決されて剥がされていったわ。3ヶ月後には5年間ですべてをゼロにする計画が発表され、こんどは民間の有志が立ち上がったのね。3つのゼロに貢献するプロジェクトにはどんどん予算をつけて行ったわ。市民はみんな、お金、やっぱ持ってたんかいって冗談まじりに揶揄したけど、みんなその市長の決断を支持したわ。大きな壁があると、クラファンで世界からお金がどんどん集まってきた。さすが京都よね。そして、クラファンはお金を集めるだけじゃなくて、世界中に京都市の覚悟とアイデアを広げる役割も果たした。世界中から京都のために何かできないかって、たくさんのNGOや技術者が集まってきた。あ——、これが世界文化交流都市なんだって、私は感動したことを今でも忘れない。」


「ありがとう。いろいろ思い出したよ。」


「ぜんぶ、ミズナさんから始まったのよ。」


「いや、レンコンさんがぼくのへんな話を最初に信じてくれたから。」


「え?そんなことあったっけ」


「あ、次、ぼくのスピーチだね。ありがとう。行ってくるね。」


💬🤝💬✨💭↔️💭✨💬🤝💬

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