ネールと師匠

M.R.U

第一話


 鬱蒼とした木々が生い茂る。何者の声も届かない。どこまでも静かで、人里から離れた山奥――

 たった一軒だけ建てられた小屋があった。

 辺りには一切の人間が近づくことはないが、しかしながら近くには川が流れ、温泉も沸いている。

 狩りをすれば動物も捕れ、木の実もよく採れる。誰にも邪魔されず、特に不自由することもない。

 そこに住んでいる男は、いつも通りの日課を終えて、自分が生活している小屋へと戻ってきた。

 男には、特に想う事も想う者も何もない。

 いつも通り、夕食準備を整えていたその時だ。

 珍しい、人間の足音が聞こえる。

「誰だ?」

 どうやら自分に来客が来たらしい。


「この王国、オルトリスで魔神を倒した英雄、白狼さんですね?――」

 やってきたのは若い少女だった。


 白狼と呼ばれた男は、なるべく山の中での生活で不快がないようにマントで全身を覆っていて、白銀の髪の毛は伸び放題だったが、その隙間から覗く鋭い眼差しで少女を見つめた。


「私はネールと言います。私の、村は――つい先日、魔獣に襲われなくなってしまいました。」

 ネールと名乗った少女は、凛とした声で初対面で対峙する男に、億すことなく淡々と語った。

 ボロボロになった服と抱え込んだ僅かな荷物、乱れていながらも、その真っすぐな髪と瞳は美しかった。


「白狼さん。どうか、お願いします。あなたが魔神を倒したその戦術をこの私にも教え、強さを分け与えてください!」

「……。」

 男は、概ねのことを悟り、沈黙を貫いた。


「あの、白狼さんはおひとりでずっと山に籠って生活をしていると聞いています。家事や炊事、身の回りのことはなんでもします!どうか、師匠と呼ばせてください」

 少女は迫力のある悲痛な声で頼み込んでいる。


「……悪いが、」

 男は苦い顔で口を開く。

「俺は弟子をとるつもりはないんだ。特に不自由をしていることもない。他を当たってくれ。」

「師匠!あなたほどの実力者は今の世の中にはいません!どうかお願いします!あ、あと……」


 少女は急に静かになり、着ていた着物を脱ぎ捨てた。下の履物も脱ぐと上着と同じく前をはだけて脱ぐ形状の下着の着物の一張になった。


「で、弟子ですから……」

 少女はじっと男の目を見据えてから、そして少し恥ずかしそうに目を反らした。

「どうぞ、師匠のご自由にこの体も扱ってください」


 最後に着ていた服一枚を床に投げ捨てると、一糸を纏わぬ肌がすべて露わになった。

「…………。」


 男はそれを黙って最後まで見届けて、言葉を失い、息を飲むように後ろに振り返った。

「ば、ばかやろう……!」

 何かと思い、ついじっくりと全部を見てしまった。だんだんと鼓動が早くなる。

「そんなことをしたら子供ができるだろう、俺は弟子も嫁ももらうつもりはないんだ。」

 反射的に息が荒くなるのを抑えて少女を罵った。

「早く服を着て帰ってくれ。」

「す、すみません……。」


 男は狼狽し思わず家の側面を沿ったところを曲がり隠れこんだ。

 長い事、人の肌はおろか動物しか見ないような生活を続けている。

 少女の肌は白く滑らかで、随分と良い身体をしていた。そして美少女と言って良い。

 不味いことにしっかりと反応してしまった逸物と喘ぎかけた息を殺しこんだ。動悸がする。ああびっくりした。


「……年は幾つだ?」

 少女が、服をほぼ着終わる頃、声をかけた。

「……十四です。」

「…………そういうことをするのがふつうの感覚なのか?」

 まじまじと素で聞いて見たくなった。まだ十四歳か。

 少女の見た目はもう少し大人びて見えた。

「そ、そんな。生娘です。」

 少女は否定する。

「……村を滅ぼされて、家族も友人も。私には何もなくなりました。……私には、もう守るべきものなど、何もありませんから……。」

 強く見据えた芯のある眼差しで男と瞳を合わせる。

 何を言っても聞かなさそうななんとも強情そうで、そして純真な眼をしていた。


「そうか……。」

 少し頭が白ばんで来ている。冷静さを取り戻す。

「弟子をとるつもりはなかったが、仕方がない。……魔獣を倒せるように鍛えこんでやる。」

 少女は一瞬ぽかんと口を開けて、やがて歓喜した。



「は、はい!師匠!宜しくお願いします!!」



※  ※  ※


1話あとがき & イラスト は以下です。よろしくお願いします。


https://kakuyomu.jp/users/Yellow32/news/16818792438697876722


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