【物語】日本人はアニメや漫画の物語に酔いすぎているのではないか?
晋子(しんこ)@思想家・哲学者
日本人の弱さとアニメ・漫画依存──理想が現実対応力を奪う構造
日本人は、アニメや漫画の物語に深く親しんできた民族である。これは戦後から現在に至るまで、娯楽文化の中核を占め、国民的な想像力の土台となってきた。週刊誌をめくれば、そこには努力が必ず報われ、友情が裏切られず、正義が最後に勝つ世界が広がっていた。こうした物語は、荒れた現実の中で希望を与える役割を果たしてきたのは確かだ。しかし、この「理想の物語」への依存は、現実社会における行動力や耐性を削ぐ一因にもなっている。
物語の世界は、必ず筋が通っている。主人公が努力すれば成長し、悪人はどこかでほころびを見せ、最後には正義が勝つ。登場人物たちは、友情や愛情を裏切らず、奇跡のようなタイミングで助け合う。これらは読者や視聴者に強いカタルシスを与えるが、現実はそうではない。努力が結果に結びつく保証はなく、悪人が長く権力を握り続けることも珍しくない。さらに、現実の人間関係では、裏切りやすれ違いが日常的に起こる。にもかかわらず、多くの日本人は心のどこかで「物語のような奇跡」を期待してしまう。この落差が、理不尽に立ち向かう力を弱めている。
この現象の背景には、二つの心理的要因がある。第一に、物語に慣れすぎた結果として生まれる「奇跡待ち思考」である。物語の中では、主人公が追い詰められた瞬間に援軍が現れたり、偶然が味方したりする。そのため、現実でも「誰かが助けてくれるはず」「状況はそのうち好転するはず」と受動的に構えてしまう。だが、現実は多くの場合、外部からの救いなど訪れない。待っているだけでは、状況は悪化するばかりだ。
第二に、理不尽への免疫不足がある。物語における理不尽は、数話から数巻以内に解消される。対して現実では、何年も終わらない不公平や圧力が続くことがある。現実の理不尽は、物語のように編集されないし、感情的カタルシスを保証しない。耐久戦を戦うためには、感情をコントロールし、冷静に戦略を立て、時には戦わない判断をすることも必要だが、そうした現実的な対応力を育てる場が、日本社会には極めて少ない。
教育現場もまた、この依存構造を温存している。学校では「努力すれば報われる」と教え、正解のある問題を与え、それを解けば褒める。しかし現実世界の問題の多くは、正解が存在しないか、正解が時代や環境によって変わる。悪意ある人物や組織と関わることもあるし、理不尽な評価を受けることもある。それらに対抗する方法論や交渉術は、授業でほとんど扱われない。結果として、「努力=必ず結果」という方程式を心の奥に抱えたまま社会に出て、理不尽に直面して初めて、その幻想が崩れる。
さらに、日本社会には「我慢は美徳」という文化的価値観がある。理不尽に声を上げることは、しばしば「空気を乱す行為」とみなされる。これもまた、理不尽に立ち向かう訓練を妨げる。漫画やアニメの中の主人公は堂々と反旗を翻すが、現実の日本人は空気を読み、波風を立てない方向へ行動を調整してしまう。物語では称賛される行動が、現実では非難されることが多い。この構造も、人々の戦う意志を削ぐ。
では、この「物語依存」を完全に捨てればいいのかといえば、それも違う。物語が人間に与える希望や感情の栄養は、精神的な支えとして重要だ。問題は、物語を現実にそのまま適用しようとすることにある。理想は理想として心に持ちながら、現実のルールで翻訳して使う必要がある。例えば、「努力は必ず報われる」を「努力は成功確率を上げる」と解釈し直す。「悪は必ず滅びる」を「悪にも弱点や限界がある」に置き換え、現実的な戦略を立てる。こうした変換ができれば、物語から得た価値観を現実対応力へとつなげられる。
また、現実での「小さな勝利体験」を積むことも重要だ。理不尽な状況に対して、完全勝利は無理でも、部分的な改善や自分の立場を守ることはできる。その経験を積み重ねれば、物語的な奇跡に頼らずとも、自力で状況を変える手応えを持てるようになる。これこそが、理不尽に負けないための筋力となる。
日本人が弱いのではない。弱く見えるのは、現実世界の「戦い方」を学ぶ機会が少ないからだ。物語は、心を温める薪のようなものだが、それだけでは寒さは凌げない。実際の火を起こす方法を学び、風から火を守る術を身につけなければならない。理不尽な現実は、編集されない長編小説のようなもので、結末を変えられるのは自分の行動だけだ。そのことを理解したとき、物語は単なる夢ではなく、現実を切り拓くための道具に変わるだろう。
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