俺は王に向いていない ―神が選んだ二人の王―

川浪オクタ

第1話 神の光は辺境に

 この世界は、天界・人間界・魔界の三つの領域からなる。

 それぞれの王は、その国の直系種族のみが継承することができる――

 天界には天使族、人間界には人族、魔界には魔族。

 この鉄則は、創世より続く絶対の掟であった。

 しかし、何らかの理由でその血筋が途絶えた場合、創造神による選定が行われる。選ばれし者には王家の環が与えられ、瞳に星影が宿るという。

 だが、その選定が同時に二人に降りることなど、古の書物にも記されていない――


 人間界の最果て、国境沿いの村――トルナ。

 近くの鉱山から採れる良質な鉄鉱石のおかげで鍛冶業が栄え、中規模の村として発展していた。

 とはいえ戦や政治の影はほとんど届かない辺境で、人々は鉱山で働き、鉄を打ち、季節ごとの祭りを楽しんで暮らしていた。

 鍛冶屋の息子、アレン・ルーフもその一人だ。父ガロンのもとで鉄を打つ毎日は、退屈ではあるが、温かかった。

 いずれは家業を継ぎ、この村で生涯を過ごすのだろう――そう思っていた。


「アレン、こっちの刃も研いでくれ」

「はい、父さん」


 午前の作業は順調に進んでいた。

 陽は高く昇り始め、炉の火の赤が金属の肌を滑っていく。

 いつもの匂い、いつもの音――それが、唐突に途切れた。

 時刻は午前十一時頃。

 その時、アレンの手に持っていたハンマーが微かに震えた。

 何の前触れもなく、空が白く弾けた。

 熱でも、雷でもない。

 目を開けていられないほどの眩しさが、あたりを包む。


「……っ!?」


 アレンの頭に鈍い痛みが走った。

 まぶたを閉じても光は消えず、心臓が激しく脈打っている。

 これは夢なのか?それとも――

 耳の奥で何かが鳴った。

 次の瞬間、冷たい金属が右耳に触れる感覚。そして心臓が、脈打つように熱くなった。

 光が収まった時、アレンは動けなかった。視界がぼやけ、耳鳴りが続いている。

 なぜだろう――皆が自分を見つめている。

 父も、通りがかった村人も、その視線は驚きと畏怖と、少しの恐れを混ぜ合わせたようだった。


「何が……起きたんだ?」アレンは自分の声が震えているのに気づいた。


「……それは……」

 誰かの声に促されるように、右耳へ手をやる。


 そこには、いつの間にか小さな環状の耳飾りがあった。

 白銀の地金に、細い金線が螺旋を描いている。

 見たこともない精巧な細工――それがなぜ、自分の耳に。


 さらに、鍛冶場の暗がりに映る自分の瞳に、淡い星影が瞬いた。


「王家の……環……?まさか、選ばれし者の証が、こんな辺境に……」

 村の老人が、かすれた声でそう呟いた。

 古い伝承を知る彼の顔は青ざめていた。


「嘘だろ……」

「本当に王家の環なのか?」

「この村に、王が……?」


 集まってきた村人たちがざわめく。

 鉱山で働く屈強な男たちも、商売を営む女たちも、皆が信じられないといった表情でアレンを見つめていた。


 王?自分が?まさか、そんなことが――


 将来は父の跡を継いで、この村で鍛冶屋として生きていく。

 それが自分の人生だと思っていた。

 王なんて雲の上の存在、まるで別世界の話だった。なのに、なぜ自分に?


 だが、その言葉の意味はアレンにはまだ理解できない。

 ただ耳飾りは外れず、まるで体の一部のように馴染んでいた。


 村長は不在で、代理を務めるコーリスが前に出た。

 険しい表情のまま、村人たちに向けて言う。

「……このことを王都に知らせるな。あいつらに渡せば、村は終わりだ」

 コーリスの脳裏に、十年前の悪夢がよみがえる。

 税の取り立てで村の娘たちが連れ去られた、あの日のことを。


 その決定には、過去に貴族に蹂躙された苦い記憶と、二度と同じ目には遭わせないという意地があった。しかしアレンは、その重みもまだ知らない。



 遠く離れた王都では、同じ時刻に若き貴族カイロスが突然の光に包まれていた。

 彼の右耳にも、同じ白銀に金線の入った耳飾りが現れていることを、この時アレンは知る由もなかった。



 そして同じ頃――村の裁縫師セシリアは、作業台で針仕事をしながら空を見上げていた。

 あの神々しい光を、誰より鋭く感じ取っていた。

 三年前に偶然この村に流れ着き、静かに暮らしてきた彼女だったが、ついにその時が来たのだ。

「……ついに、始まるのね」彼女の瞳に、静かな決意の光が宿った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る