隣に住んでるえっちなサキュバスのお姉さんに食べられる話

かぼすぼす

大切なものを奪われた瞬間

 どうして人は群れたがるんだろう。

 修学旅行の班に、ひとりの班があってもいいと思う。


 それなのになんで、仲いいグループの中に私みたいな単体の人間が割り込まないといけないんだろう。


 私も気まずいけど、一番気まずいのは入れてくれた班の人達だ。

 ……私がひとりなばっかりに。いや、悪いのはそういうルールにした学校なんじゃないかな。


 班にしないとトラブルがあるからっていう理屈はわかるけど、別にそれってグループでも大して変わらないと思う。


 集まったところで、しょせんは高校生。

 結局困ったら大人に頼るしかない存在だ。


 ……ひとり班があってもいいと思うんだけどな。

 班って言えるかどうかはさておき。


「あらすみれちゃん。おかえり」

「大家さん……こんにちわ」


 どうしようもないことを考えていると、いつの間にか家に着いていた。

 最近やたら若く見える大家さんが、にこにこと私に社交的な微笑みを向けてくる。


 こんな風に笑えたら、班決めで気まずくならずに済んだのかな。

 それにしても10歳くらい若返ってない? どんなスキンケアを使ってるのか気になる。


 でもそれを口に出すのは失礼な気がして、口を噤んでそそくさと階段を上る。

 人との距離が近いアパートに住むのは向いてないのかもしれない。


 もっとも、親の庇護下にある私が選ぶ権利なんてないんだけど。

 疲れのこびりついた体を引きずって階段を上りきると――廊下に人が倒れているのが見えた。


 たしかあの人は、隣に住んでいる好咲よしざきさんだっけ。

 ウェーブのかかった金色のツインテールで、肩とか背中が見えちゃうような服を着ている。


 とってもスタイルがよくて、つり目で気の強そうな美人さんだから名前を憶えていた。


 ちょっと苦手なタイプだし、お酒の飲み過ぎとかかもしれないけど、病気だったら大変だ。


 好咲さんに近付いて、おそるおそる声をかける。


「あの……大丈夫ですか……?」

「んっ……」


 よかった。意識はあるみたいだ。

 飲みすぎちゃったのかな。


 ほっとしていると、好咲さんは弱々しく私に手を伸ばしてきた。

 起き上がるのを手伝えばいいのかな?


 その手を掴もうとしたらすり抜けて。

 好咲さんの手が私の首の後ろに回った。


「な、なんですか――」


 ふいに、唇を重ねてきた。

 口に伝わってくる体温が、私の思考をかき乱してくる。


 な、なんで!?

 私のファーストキスが!


 大切なものを奪われた瞬間、私の体からなにかが抜けて――意識が白くなった。



 知らないソファーの上で、目を覚ます。

 あれ……? ここはどこ……?


 なんか気を失ってたみたいだけど、変なことされてないよね?

 体に異常がないのを確かめて、少しだけ安心する。


 手足が縛られているわけでもない。誘拐とかされてなくてよかった。

 キッチンから電子レンジの温める音が聞こえる。


 誰かいるのかな……。

 足音を立てないようにしながら見に行くと、好咲さんがじーっとレンジが終わるのを待っていた。


 裸エプロンで。


「ひっ!?」


 見てはいけないものを見てしまったような気がして、つい声を上げてしまう。

 なんなの……!? あの人……!?


「あっ、起きたんだ~! さっきはごめんね! 明星あけぼしさんのこと食べちゃって!」


「あ、あの……っ! そんなことより! ちゃんと服着て下さいっ!」


 そんなことよりで済ましていい問題じゃない気がするけど!

 とりあえず冷静にさせて!


 好咲さんはきょとんとして、自分の恰好を見る。


「あれ? 人間ってこーいうのが好きなんじゃないの?」

「一部の人達だけです! 普通の人は目のやり場に困りますから!」


「そうなんだ~。危ない危ない。これでコンビニ行くところだったよ」

「ええ……」


 この人、常識なさすぎでしょ……。

 好咲さんは「それ食べてていいからね~」とレンジを指差して着替えにいった。


 温められていたのは冷凍のピラフ。

 いくら冷凍でも、怪しさしかない人から食べ物は貰えないな……。


 数ある食品の中から、ピラフを選んだ理由はなんなんだろう。

 ばたばたと好咲さんが戻ってくる。


 今度はちょっと肌が出てるだけの服だ。

 私ならこの服も恥ずかしくて着れない。


 ソファーを勧められて、お茶もピラフも出してくれる。

 至れり尽くせりなのに落ち着かなかった。


「で……あたしに聞きたいこと、山ほどあるっしょ?」

「はい。あの……なんでキスしてきたんですか?」


 質問に答えてくれそうな雰囲気だったので、私は一番気になっていることを聞いてみた。


 まさか私のことがずっと好きだったとかそんなことはないだろうし。


「あーそれね。あたし実はサキュバスなの。知ってる? サキュバス」

「え? 知ってますけど……」


 急に何言い出すのこの人?


 サキュバスってあれだよね……えっちなことしてきて生命力とか吸い取ってくる悪魔だっけ。


 厨二病だったときの知識が役に立つなんて。

 二度と思い出したくなかったのに。 


「それなら話が早いよ! あたしにキスされたあと、体の力抜けちゃったでしょ。あれは、明星さんの生命力を吸い取ってたの……ごめん」


「なにしてくれてるんですか!?」

「ほんっとごめん! あたし、あの時お腹減ってて超限界だったの」


 気を失ったのはそういうことだったのか。

 ほんとにこの人サキュバスなんだな……。


「なんでそんなことになるんですか……? というか、サキュバスって夢見せたり催眠したりして襲ってくるイメージなんですけど、なんでそうしなかったんですか?」


「……そう。問題はそこなんだよ」 


 好咲さんは、思い詰めた表情を浮かべる。


「あたし実は、サキュバスのくせに魅了とか催眠とかそういう魔法使えないの。他のサキュバスだったらそういうの使ってぽんぽん生命力吸えるんだけど、あたしは一回一回自分の魅力で落とすしかないの」


「うわ……めんどくさくないですかそれ」

「しかもあたし人間のこと全然知らないから、怪しい人だと思われちゃってさ……」


 腹ペコになるのも無理もないのかもしれない。

 裸エプロンとかやっちゃうくらいだし。


 もし堕とせたとしても証拠隠滅もできないから、うかつに吸えないし。


「それでよく暮らせてましたね……」

「大家さんが助けてくれたからね。あたしの魔法で美肌にしてあげる契約結んだら、めっちゃ喜んでもらえてさ~」


 だから大家さんあんな若返ってたんだ……。

 悪魔の力すごいな。


 ソファーとか電子レンジとかも、大家さんに揃えてもらったんだろう。


「あたしは、闇魔法……魅了とか以外の魔法ならめっちゃ使えるんだ。だから……明星さん」


「は、はい」


 好咲さんは改まって、背筋を伸ばす。


「あたしと、契約してほしいの。明星さんを魔法で助けてあげるから、ときどき生命力を吸わせてほしい」


「えっ……」


 急に悪魔っぽい話になってきた。

 まあ、返事は一択だ。


「無理です。ごめんなさい」

「そ、そんな! 美肌になれるよ!? 髪をツヤツヤにすることだって、カットだってできるんだよ!?」


「なんで美容関係の魔法しかないんですか? 私それする意味あんまないんですけど」

「じゃ、じゃあ! 東京を火の海に変えたりとか、竜巻起こしたりとかできるよ!?」


「もう魔王にでもなった方がいいんじゃないですか?」


 涙目ですがりつかれてるのに脅されてない?

 明らかにサキュバスの強さじゃない気がする。


「……あの。もう魔界かどっかに帰ったらどうですか? たぶんそっちの方が楽しいですよ」


 上京した地下アイドルを諭すような口調で、私は言う。


「人間界があんまり楽しくない場所だってことは、よくわかったんじゃないですか? 居ても、めんどくさいだけですよ。ずっと住んでる私が言うんだから間違いないです」


 好咲さんは俯いて肩をぷるぷると震わせたあと、弾けるように叫んだ。


「――それができたらもうやってるよ! あたしは、もうここにいるしかないの! 魔界は、追放されちゃったから……!」


「……それは」


 悪魔にも、そういうのあるんだ。


「あたしは、サキュバスにできて当たり前のことができなくて……みんなが持ってない力を持ってた。だから、危ないやつだって思ったんだろうね」


 確かに、それだけ力があるなら、脅威って思われるのも無理もないのかもしれない。

 でもそれだけで追放するなんて……。


 実際に、その力を振りかざしていたわけでもなかったはずだ。

 好咲さんが好咲さんなりに人間の世界に溶け込んでいたのは、隣に住んでたからわかる。


 人間も悪魔も、やってることは同じじゃないか。

 ムカつく顔が脳裏に浮かんで、すぐに消す。


「……お願い。もう、明星さんしか頼れそうな人がいないの。大家さんにこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないし……あたし、何でもするから!」


「…………」


 好咲さんは、必死に頭を下げる。

 この人は悪魔で、危ないのはわかってるのに。


 どうしても、ほっとけない。


「わかりました。契約、しましょう」

「……ほんと!? ありがとう……! ほんっとにありがとう……!」


 好咲さんはぎゅっと私の体を抱きしめてきた。

 むにゅっと柔らかい感触が伝わってくる。


「そういうの、いいですから」


 恥ずかしくて、好咲さんの体を引き離す。

 その瞬間、ぐぅーっと私のお腹が鳴った。


「……生命力吸われると、お腹も空いちゃうんだよね」

「好咲さん、それを早く言ってくださいよ」


 じろりと好咲さんを睨むと、にかっと笑ってごまかした。


「ごめんごめん。言い損ねちゃって! はい、あーん」

「……自分で食べますから」


「いいからいいから。はい」


 ピラフの乗ったスプーンをぐいっと差し出されて、仕方なく食べる。


「どう? おいしい?」

「冷凍のピラフの味がします」


「そのまんまじゃん! あははっ!」


 そうして私は好咲さんから餌付けをされた。

 やっぱり苦手なタイプかも。


 なんとなく好咲さんの口元に目を奪われながら、少しだけ後悔した。







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