「『すべて学び、そして忘れろ』とチャーリーは言った」

伊藤優作

「『すべて学び、そして忘れろ』とチャーリーは言った」

 わたしはいっとき、もっともその言葉以外のものではありえなかった言葉と、もっとも言葉でないものであろうとしているもの、このふたつとだけ付き合おうと考えていたことがある。その頃のわたしにはあまりにも余裕がなかったのだ。とはいえ、本をバカバカ買う代わりに、買って読んだ本や買って読まないままにしていた本をバカバカ売るのは気持ちが良かった。

 言葉ではないほうについて話そう。

 中国からやってきたそのアプリにはじめて触れたとき、わたしは恐怖の入り混じった感動を覚えた。素晴らしいと思い、こんな素晴らしさは果たして素晴らしいのだろうかと思った。

 スマートフォンの画面いっぱいに動画が表示される。長くても十数秒の短いものばかりだ。そこでは顔や身体の美しい女たちが、顔や身体が人並みの女たちが、顔や身体の美しくない女たちが(付け加えて言えば、かわいらしい、もしくは面白くあろうとする男たちが)、誰が考えたのかも分からない振り付けで、利用許諾を得ているのかも分からない音楽をバックにダンスをしていたのだった。コメント欄は右側のアイコンに閉じ込められ、動画の説明も左下の隅に見にくくなるように配置されていた。検索機能は、わざと役立たずにしてあるのかと思うくらい役立たずだった。

 言葉を、コンテクストを、オリジナルを徹底的に排除する設計に魅入られ、際限なく流れてくる動画を飲み尽くすことで育った、ほとんど文字を読むことの出来ない子どもたちのことを想像した。単なる退化とは言えない。恐ろしい未来の中にも、わたしはほんの少しだけだが希望を見出していたのだ。その後、似たような機能を他の大手サービスも実装しはじめた。流れてくる動画のバリエーションも増えていった。だが言葉が増えてきたような気がして、いまではほとんど観なくなってしまっている。

 ここまで書いて懐かしくなり久々にアプリを開いてみたところ、昔のアニメの切り抜きが流れてきた。火星生まれのブルース・リーが賞金稼ぎをやっているアニメだ。切り抜かれた場面では、ガニメデ生まれの元警官の相棒が主人公と話すなかで「すべて学び、そして忘れろ」というフレーズをチャーリー・パーカーの名言として引用していた、という記憶があった。

 だがそれはチャーリー・パーカーの名言ではなかった。というか、引用されたフレーズ自体まったく別のものだった。そしてその直後、主人公は相棒に対して、チャーリー・パーカーがゲーテの名言なんて引用するかね、というふうなことを言っていたのだ。この部分は記憶から完璧に抜け落ちていた。

 わたしは、まるで自分が地球に生まれたチャーリー・パーカーもゲーテも知らない人間であるかのように、その場面がループするのをずっと眺めている。

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「『すべて学び、そして忘れろ』とチャーリーは言った」 伊藤優作 @Itou_Cocoon

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