独り言王女(ひめ)の契約結婚~愛でるのではなく愛して欲しい~天翔る美しの国【番外編】

西しまこ

第1話 契約結婚って、分かっています!【翠子】

 めあわしの儀(結婚式)、とても美しかった!

 翠子みどりこはほうと溜め息をついて、儀式の様子を反芻した。


 お父さまが長歌をうたって――ただでさえ美しいお父さまはいっそう煌めいて、この世のものとは思えないくらいの美しさだったわ。白い長い真っ直ぐの髪がさらさと流れて金色の瞳が輝いて、そしてシャクヤクの花がひらひら舞ったのよ。それだけでも、息が止まりそうなくらいきれいでどきどきしちゃうのに、続けて、お母さまが反歌をうたって、ヒメシャラがシャクヤクに混じって舞ったの。白い花弁が陽の光りに輝いていたわ。

 お母さまは普段はおもしろい人なんだけど、公式の場は別人になるのよね。人外の美しさのお父さまに並んで立てるなんて、お母さまってやっぱりすごい人。そして、背筋を伸ばして濡烏の黒い美しい髪を垂らして同じ色の黒い目に意志の光を灯すと、やっぱりとてもきれいだなと思うの。


 そして、翡足ひたりさま!

 お父さまとは違う美しさがあって、何より若々しい光があって。すっごく素敵だったの。

 白い純白の百合が一輪降って来て、翡足ひたりさまはあたしにそれをくれたの。そのときの笑顔の美しかったこと! 切れ長の緑の瞳があたしを見て優しく微笑んだのよ。


「ふぁあああん」

 翠子は変な声を出してしまい、思わず口を抑えた。

『なんて声出してんの、みどりちゃん』

「すいちゃん」

 翠子はカワセミに目をやる。美しい翡翠ひすい色をしたカワセミは、翠子の横にちょこんと座っていた。黒い瞳がくるくるとして、愛らしい姿をしている。


「あのね、めあわしの儀、すごくきれいだったなって思って」

『……自分の結婚式でしょ?』

 カワセミのすいちゃんが言う。

「うん、まあ、そうとも言う。あ、でね、お父さまが美しくて、お母さまも儀式になると別人のように美しいのは当たり前なんだけど、翡足ひたりさまもすっごくきれいだったのよ! それで、思い出すと、ふわあああんってなっちゃうの」

『……自分の旦那さまでしょ?』

「うん、まあ、そうとも言う」


 でも、あたし、分かっているの。

 これは契約結婚だって!

 大丈夫ですよ、翡足ひたりさま! あたし、分かっていますから!

 翠子は変な闘志を燃やし、ガッツポーズを作った。

 そんな翠子を見て、すいちゃんはこっそりと溜め息をついた。



 翠子みどりこ王女ひめは、偉大なるおおきみ清白王きよあきのおおきみとそのただ一人の妃、宮子みやこ皇后の娘だ。二人の子どもは、長男清生きよなり、長女梨子りこ、次男景清かげきよと続き、二十一の次男景清かげきよから少し年が離れて、成人式を迎えた十六歳の翠子となる。翠子の下にはさらに年が離れた九歳の妹桂子かこがいる。


 文字を書くことで、不思議な力を発揮することが出来るこの世界。

 例えば、力のあるものが「灯」と書けば灯りがともる。病を治すことも出来る。文字によってさまざまなことが可能となるのだ。稀有な力があれば、文字を書き詠唱することで、天候をも変えることが出来た。

 その能力の有り無しは、成人式の日に真澄鏡まそかがみの前に立つと分かる。能力があれば、象徴花であるその人の花が降ってくるのだ。


 お父さまの象徴花はシャクヤク、お母さまはヒメシャラ。そして、翡足ひたりさまはユリ。

 ……あたし、象徴花、降って来なかったのよね。文字の力はないみたい。

 いや、そんな気はしていたの。偉大なお父さまとお母さま、優秀なお兄さまたちとお姉さま。その中にあって、あたしは「ふつう」だった。妹の桂子かこだって、きっと文字の力があるわ。あの子の周りでときどきユキヤナギが飛んでいるもの。


 あたしは部屋に飾った、翡足ひたりさまにいただいたユリの花を見た。

 真っ白なユリ。翡足ひたりさまにぴったり。

 翠子はふふっと笑い、それから、自分の緑色の髪を触る。


『どうしたの?』

 すいちゃんが美しい青みがかった緑色の羽をぶるると震わす。

「あのね、翡足ひたりさまの瞳はきれいな緑色なのよ。あたしの髪の色とおんなじだなあって思って。あたしの髪、お父さまともお母さまとも似ていなくて、真っ直ぐでもなくてふわふわしているし、ちょっとだけコンプレックスだったの」

『みどりちゃんの髪はきれいよ』

「ありがと、すいちゃん! でね、翡足ひたりさまの瞳と同じ色だなって思ったら嬉しかったの」

『よかったわね』

「うん! すいちゃん、大好き!」

『ありがと』

「あたしね、文字の力がなくても、本当に平気なの。だって、こうしてすいちゃんとお話出来るもの。その方がずっと嬉しい」


 そのときだった。

 襖が開いて、翠子の側仕えの女官、黄葉もみじばが顔を出した。黄葉もみじばはもともと宮子の女官だったので、翠子には第二の母のような存在だった。


「翠子王女ひめ、誰かいらしているのですか?」

「いいえ」

「話し声が聞こえましたので」


 翠子は苦笑する。

 カワセミのすいちゃんの言葉が分かるのは、翠子唯一人だった。

 そのため、女官たちに「独り言が多くて気持ち悪い」と言われてしまい、宮子付きの黄葉もみじばが翠子のお世話をすることになったのである。黄葉もみじばは宮子の信頼が厚く、翠子にも真摯に仕え、例えすいちゃんの言葉が分からなくても翠子を気味悪がったりはしなかった。

 とは言え、家族や黄葉もみじば以外の人からは「変な王女ひめ」扱いされ、陰で「独り言王女ひめ」と呼ばれているのを翠子はちゃんと知っていた。

 すいちゃんたちとおしゃべりしていたから、あたしは「独り言王女ひめ」。でもいいの。すいちゃんたちとのおしゃべり、楽しいもの!


 黄葉もみじばは部屋に翠子一人であることを確認すると言った。

「もうしばらくしますと、翡足ひたりさまがいらっしゃいます。どちらの部屋でお待ちしますか?」

「そうね。では、この〈水縹みずはなだの間〉にお通しして」

「かしこまりました。――翠子王女ひめ

 黄葉もみじばは顔を上げて、翠子の顔をしっかり見て微笑む。

「ご結婚、おめでとうございます! 大変嬉しゅうございます」

「あ、うん、ありがと」

 契約結婚なんだけどね、と思いながら、翠子はへへと笑った。



「結婚の申し込みがあったのよ。翠子、どうする?」

 十六歳になったばかりで、文字の力がないと判明したばかりのことだった。母親であり、現王の妃である宮子に、翠子はそう言われた。

 どうしてあたし? 何のとりえもないのに。


「相手はね、ふじ氏の人間なのよ。清白王きよあきのおおきみのお父上、清原王きよはらおうの妃の聖子せいこさまの血筋の方。翡足ひたりさまとおっしゃって、藤氏本家の末の息子なの。翠子よりも一つ年上よ」

 それを聞いて、翠子はぴんと来た。

 きっと、藤氏を立て直すための政略結婚なのね!

 藤氏は、翠子が生まれる前に政権争いで敗れ、現在は落ちぶれていた。


「あたし、お会いしてみます」

「いいの? お断りしてもいいのよ。……ただ、翡足ひたりさまは大変な努力家で、武術にも学業にも、それから文字の力にも優れていらっしゃって。とても優秀な方だから、どうしたものかと思って、翠子本人の気持ちを聞こうと思って」


 そんな素晴らしい方が、文字の力もなく美人でもないあたしと結婚したいだなんて! やっぱり、お家再興のための結婚なのね。一応、あたし、王女ひめだし。年齢もちょうどいいし。「独り言王女ひめ」ではあるけど。


「どんな方か、お会いして決めたいです」

「……分かったわ」


 そうしてお会いした藤翡足ひたりさま。

 あたしは一目見た瞬間、心臓がぎゅうううってなったの。目が離せなくて。

 かっこいい!

 なんてきれいな方なんだろう? お父さまよりもきれいな人って、絶対にいないと思っていたのに。お父さまとはまた違う美しさのある方。長い睫毛の下の緑の目がきれいだった。切れ長で。優しい口元に通った鼻梁。クールでミステリアスな雰囲気もとってもいいわ! 眼福よ! 毎日この方を見て愛でていられたら、きっと幸せ。なんだか懐かしい感じもするし。

 しかし、優秀な方なのに、あたしと結婚だなんて。大変ね、お家再興も。


「すいちゃん、あたし、翡足ひたりさまと結婚するわ!」

『いいの? そんなに簡単に決めて』

「いいのよ、翡足ひたりさま、美しかったし! あたし、きれいなものが大好き。愛でるのよ」

『……そんな、ものみたいに……』

翡足ひたりさまね、藤氏を再興したいのよ」

『それ、ちゃんと聞いたの?』

「ううん、聞いてない。でも、分かっているから、平気」

『みどりちゃん……』



 それにね、あたし、見ちゃったの。

 翡足ひたりさまは禁断の恋をなさっているのよ……!

 あたし、応援するって決めたんだ!




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