5話 特級騎士とS級クエスト


 その後、俺はレイラ教官から簡単な自己紹介を聞いた。

 俺のクラス、1-Eの担当教官、レイラ・フォルティン上級騎士。

 主に剣術や体術訓練と、座学ではなく、実技をメインに指導しているらしい。

 年齢はおよそ20代後半といったところだろうか。

 身長は160cmほどで、煌びやかな黒髪は真っすぐに背中の辺りまで伸びている。

 顔はキリっと整っており、その態度や言動からも

 -凛々しい―

 そんな言葉がよく似合いそうな人だ。


 「……」


 ……バカ力の女教官。


 「貴様、何か言ったか?」


 「い、いえ何も……」


 何、この人、恐い。

 心が読めるのか?


 「貴様はこの学校については詳しいのか?」


 「いえ、あまり詳し―」


 「なら簡単に説明してやる」


 そう言って、レイラ教官は椅子へ再び腰を下ろし、足を組んで続けた。

 ……まだ話おわってないんだが。

 完全にこの人のペースだ。


 「まあ、貴様もこれくらいは知っているとは思うが、この学校はその名の通り騎士・魔法師を育成する学校だ、バラドールに登録している騎士や魔法師は必ずこの学校を入学、卒業していなければならない。つまり騎士・魔法師を目指すものはみな通る道ということだ」


 レイラ教官は机に置かれていた煙草を手に取り

 火をつけながら続ける。

 

 「基本的には3年制だが、ある条件を満たせば3年以内に卒業も可能だ。最短で1年で卒業した奴もいる。……まあそんなやつは過去に1人しかいなかったがな」

 

 そう言って火をつけた煙草に口をつけ、フーと煙を吹かした。

 生徒の前で堂々と煙草を吹かすのは、教官としてどうなのか

 ……と突っ込みたい気持ちを抑えスルーした。

 俺がこの学校に入学した理由は、S級クエストを受けるために、国へ騎士として在籍する必要があったからだ。

 学校生活を満喫するためでも、楽しむためでもない。

 早く卒業できる方法があるのなら、それにこしたことはないだろう。

 俺はレイラ教官に問いかけた。


 「その1年で卒業できる条件ってのは何ですか?」


 レイラ教官は煙草の煙を口から吐き、足を組みなおして話す。


 「まあ、早まるな。貴様は騎士の階級を知っているか?」

 

 「えっと、たしか下から下級、中級、上級、と1番上が特級……ですよね?」

 

 シルバーと旅をしているときは騎士について深く興味はなかった。

 だが、そんな俺でも特級騎士や上級騎士など言葉くらいは、耳にしたことはあった。


 「そうだ、下・中・上・特と4つの階級が存在する、この学校に入学する際、筆記と実技の試験があっただろう? あれはいわば、下級騎士の試験でもあったんだ……つまり、この学校に入学した時点で、貴様は下級騎士として国へ登録されている、まあ学校を卒業するまでは、騎士見習いといった肩書がついてまわるが、ギルドでクエストを受ける際はとくに関係のないものだ」


 なるほど、

 どうやら俺は知らぬ間に、下級騎士になっていたようだ。

 正確には見習いだが。

 今更だが、入学試験のあの筆記問題は、初めて聞く言葉や、よくわからない文章ばかりで、俺はほぼ全問、適当に番号を選択しただけなのに……よく合格したものだ。

 対して、実技の方はいまいちどの辺りが試験なのかよくわからなかったが……。

 思い返すと、なんともバランスの悪い試験だった。

 というか、下級騎士として国へ登録されているってことは

 俺はギルドでクエストを受けることができるのか?

 つまり……S級クエストも受けられるということだよな?


 「レイラ教官、S級クエストを―」

 

 俺の言葉を切るようにレイラ教官が口を開く。


 「ちなみに騎士の位によって受けられるクエストは決まっていてな、A級クエストは上級クラス以上、最高難易度であるS級クエストは特級クラスのみ受注可能だ。つまり下級騎士見習いである貴様はE級~B級のクエストしか受けられない、よくわかったか?」


 「え、あ…………え?」


 ええええええええええええええええええええええ。


 そんな……バカな……。


 全身の力がガクッと抜け、俺は知らぬ間に床へ膝をついていた。


 「おい、貴様、大丈夫か?」


 特級クラスでないとS級クエストは受けられない……。

 そんな縛りがあるなんて知らなかったぜ。

 シルバーは知っていたのか?

 俺はこの学校に入学し、国へ騎士として在籍さえすれば

 すぐにでもS級クエストが受けられると思っていた……。


 「オイ、聞こえているのか?」


 だが考えてみれば、道理はわかる。

 最高難易度のS級クエストに下級騎士なんかを行かせても、達成する見込みは薄い。

 かえって命を落とす危険性の方が大きいだろう。

 そんな危険なクエストに、実力が伴っていない騎士を行かせるなど

 国が運営しているギルドがするはずがない。


 「オイ」


 そうだよな……納得はしたくないけど、無理なもんな無理だ。

 だが……落ち込んでたって仕方がねえ!

 俺は床についている膝に力をこめ、立ち上がった。


 特級クラスにしかS級クエストが受けられないのなら俺が特級騎士になればいい。

 ただそれだけのことだ!

 曇天の空から一筋の希望の光が差し込んできたようなそんな気がした。

 決めたぜ……

 俺は絶対……

 特級騎士になってやる!

 だが問題なのは、どうやったら特級騎士なれるかということだ。

 いろいろとわからないことだらけだな。

 ここは目の前にいる上級騎士ことレイラ教官に尋ねるとするか。


 「レイラ教官、特級騎士になるにはどうしたら…………」


 俺はレイラ教官へ視線を向けると


 ボキボキと指の骨を鳴らせながら鬼の形相をしているレイラ教官の姿があった。


 「あ、あの……」


 すると次の瞬間ー

 

 「い、いたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたー」


 「オイ貴様、教官である私の言葉を2度、いや3度も無視するとはいい度胸だな? あ゛あ゛ん? 入学試験、いや人生やり直してくるか? あ゛あ゛ん?」


 レイラ教官は再び俺の額をがっしりと

 それはもうがっしりと掴み再びアイアンクローをお見舞いされた。

 俺はレイラ教官の言葉を無視した覚えはないんだが?

 というかなんだ、このデジャブは。

 1日に2度もアイアイクローをされたのは初めてだぞ。

 ……って、今はそれどころじゃない。

 脳が……潰される!

 メキメキと頭蓋骨が砕けていくような音をBGMに

 俺はレイラ教官に必死に謝罪の言葉を述べた。

 それはもう精一杯の口の利き方で


 「す、すみません……でした……どうか……この手を放して……頂きたく……存じ……ます」

 

 あれ?

 全然力が緩まない。

 もしかして、聞こえていないのか?

 あ……これヤバイやつだ……。

 目の前に綺麗な川の景色が見え始めた……

 そうしていると、目の前の川とは逆の後方から

 レイラ教官の声がかすかに聞こえる。


 「まあ、いいだろう。今日のところは許してやる。だが、3度目はないぞ、いいな?」


 そういってレイラ教官はアイアンクローを解いてくれた。

 目の前の綺麗な川が消え俺は現実に引き戻された。

 そして速やかに謝罪した。

 それはもう丁寧な言葉で。


 「す、すみませんでした。このようなことがないよう以後気をつけさせていただきます」

 

 気がつけば俺は、正座を組んでいた。

 俺の本能がそうさせていた。


 「まあ、わかればいい」

 

 俺はこの短時間で敬語というものを完璧にマスターしてしまったのかもしれない。

 レイラ教官は再び椅子へ座り、机の上に置かれている新たな煙草に火をつけながら話す。


 「話を戻すが、半年に1度、騎士・魔法師の昇級試験というものがあってな、この試験は文字通り自身の階級を上げるための試験で、これの良いところは、必ずしも自分より1つ上の階級を受ける必要はないというところだ……つまり次の昇級試験で下級騎士である貴様が中級を飛ばし、いきなり上級や特級騎士の試験を受けることだってできるということだ。まぁ条件はあるがな」


 レイラ教官は火のついた煙草を見つめながら続ける。


 「そしてここが重要だ。もし万が一にも在学中に特級騎士又は特級魔法士になったものは、卒業試験が免除されるだけでなく、自身が望めばその学年で卒業することができる……つまり、1年生で特級騎士試験に合格し特級騎士になれば、1年しか学校に通わなくて済むというわけだ。これが最短で学校を卒業する唯一の方法だ、理解できたか?」


 「あ、はい」


 ……つまり、早期で学校を卒業する為にも、S級クエストを受けられるようになる為にも、特級騎士になるしかないということか。

 なるほど、ますます特級騎士になる意欲がわいてきた。

 俺は手を挙げ、レイラ教官に問いかけた。


 「レイラ教官、俺は次の試験で、特級試験を受けたいのですが」


 すると、レイラ教官は呆れたようにはぁ~大きな溜息をはいた。


 「あのな、貴様が考えているほど騎士の世界は甘くない、先ほども言ったが、1年で特級騎士になりこの学校を卒業していった奴は過去に1人しかいない、それにー」


 レイラ教官からピリピリとした空気が漂う。


 「貴様が特級騎士になるということはつまり……上級騎士である私を超えるということだ……なぁ貴様、私をなめているわけではないよな?」


 それはそれは、とてつもなく恐ろしい威圧感を放っていた。

 俺は、ゾクゾクと背筋が凍るような感覚を必死にこらえながら答えた。


 「な、なめているなんて、そんな滅相もないです。えっと、レイラ教官を超える、どうこうは、とりあえず、置いておいてですね……過去に1人前例があるってことは……不可能じゃねえってことだな……よし」


 レイラ教官は一瞬驚愕した表情をみせた後、苦笑いをみせた。


 「まあ、バカだが……」とため息をつき、レイラ教官が続ける。


 「1年はこれくらいの勢いがあったほうがいいか、まあせいぜい励め」


 「はい!」

 

 よかった。

 教官の機嫌も収まったみたいだ。


 「もう、こんな時間か。そろそろ教室へ行くぞ、ついてこい」


 俺はレイラ教官の後につき教室へ向かった。

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