スパイスと約束

紅蟹

第1話 出会いの香り

 午後の光が大きな窓から差し込む。テーブルの上のスパイス瓶がきらりと光って、ターメリックやクミンの香りが鼻先をくすぐるたび、心までふわりと軽くなる。

 インドカレーの教室に参加するのは初めてだけど、鍋の中で揺れるココナッツミルクや鮮やかなスパイスを見ていると、自然に気分が躍った。


 「これ、ちょっと多めですか?」


 横から声がかかる。振り向くと、熱心に先生の話を聞きながらも手元のスパイスに目を向ける男性がいた。真剣なまなざしに、思わず好感が湧く。


 「少しだけ。香りが立つと味が変わるんです」


 自然に答えて、自分でもちょっと驚いた。昼の私――夜のラウンジでの“エリナ”じゃない、普通の私の顔だ。


 玉ねぎを刻み、スパイスを混ぜながら話題は自然とインド料理屋やビリヤニの話に広がった。話しているうちに、お互いの名前も自然に出ることになった。


 「はじめまして、高橋結衣です」

 「田中拓海です、よろしく〜」


 名前を言い合うと、会話がもっと弾む。次のビリヤニ屋にも行こう、LINEも交換しよう――そんな気持ちで心がウキウキする。

スマホを手にした瞬間、一瞬夜用の“エリナ”の方に手を伸ばしかけて、ハッと止めた。危ないところだった。


 深呼吸して昼用のスマホを取り出す。


 「じゃあ、こちらで」


 指先がスマホを通じて触れる瞬間、自然に笑みがこぼれる。昼の私として、拓海くんとつながった――それだけで十分だった。


 LINEで少しやり取りを始めると、ウキウキが止まらない。


 「今日は楽しかったです!🍛✨」

 「俺もすごく楽しかったです!結衣さんの手際の良さにはびっくりしました」

 「ありがとう!来週の教室のあと、新しくオープンしたスリランカカレーのお店に行きませんか?😆」

 「行きたいです!楽しみにしてます」


 心の中で小さく歓喜する。昼の私として、趣味も気持ちも共有できる相手とつながれる幸せ――夜の私では味わえない、この特別なワクワク感を、胸いっぱいに抱きしめた。


 翌週の料理教室が終わった後、私は少し緊張しながらも楽しみで胸が高鳴っていた。教室の香りや賑やかな雰囲気の中で、先週の話題を思い出して自然に笑みがこぼれる。


 「今日は本当に楽しかったです!」


 私が声を弾ませると、拓海くんも軽く笑って答えた。


 「俺も楽しかったです。結衣さん、手際よすぎますね」


 教室を出て歩きながら、私たちは今から行く店の話題で盛り上がる。


 「新しくオープンしたスリランカカレーのお店、香りもすごく立ってるんですよ」

 「行くの楽しみです。結衣さんがオススメなら絶対おいしいはず」


 店に着くと、外観も内装もこぢんまりしていて落ち着いた雰囲気。スパイスの香りが店の入り口からふわりと漂ってきて、私の胸も自然と弾む。


 席に着くと、メニューを眺めながらお互いにおすすめを紹介し合った。


 「このランプライス、めちゃくちゃ香りが立つんですって」

 「じゃあそれにしましょう。せっかくだし、二人でシェアして食べてみたいです」


 スプーンで一口食べるたびに、香辛料の奥深い味わいに感動して、思わず「おいしい!」と声が出る。


 「ね、すごくおいしいですよね」

 「うん、これはクセになります」


 料理の味だけでなく、隣にいる拓海くんと同じものを共有している感覚も、何だか特別だった。話題は自然に広がり、教室での失敗談やスパイスの使い方、家でのちょっとした料理の工夫まで、笑いながら話した。


 食後、外に出ると、夕方のやわらかな光が街を染めていた。


 「今日は誘ってくれてありがとうございます。楽しかったです」

 「俺もです。結衣さんといると、つい色々話しちゃいますね」


 自然な笑顔で見つめ合いながら、次の料理教室の日程や、また一緒に料理を作る楽しみを軽く話す。心の奥のワクワクが、今日のカレーの香りと一緒にしっかり残っているのを感じた。

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