ドラゴンの竜乳搾って異世界スローライフ「ふざけるな!てめぇには地獄でさえ生温い!」

楠本恵士

スローなライフ編

第1話・賽河 カルマ!てめぇにスローライフは似合わねぇ!

 異世界の高地にある牧草地──放牧されている乳竜が、牧草を食べている近くに。元転生者の【賽河さいがわ カルマ】が、乳搾りの道具を持って近づいた。

「さあ、今日も新鮮な竜乳を出しておくれ」

 

 ストローハットをかぶって、オールインワンツナギ服姿のカルマは、乳竜の横にしゃがむと、竜の乳房を優しくつかんで搾る……赤い竜の乳が、勢い良く容器の中に迸った。

「真っ赤な良い竜乳だ……よしよし」

 搾乳をしていたカルマは、乳を搾る手を止めると立ち上がって、後方に立っている人物に振り向かずに言った。


「今は、竜の乳搾りの時間なんだ……邪魔しないでくれるかな、竜が驚くから」

 カルマの後方──数メートルに立っていた灰色の衣服姿で、目元だけ見える邪悪な気配の魔導師の手の中に、魔導の青白い炎が現れる。

 復讐に燃える灰色魔導師が、カルマに向って言った。

「探したぞ……よくも、あの時はザマァしてくれたな……おかげで、オレの呪術隊は全滅だ」


 振り返ったカルマは、左右の目の色が異なるオッドアイで、過去にザマァをした灰色魔導師を見て言った。

「自業自得だ……ザマァされた逆恨みもいいところだ……今は田舎のスローなライフを楽しんでいるんだ、邪魔しないでくれるかな?」

「ほざけ! おまえににはスローライフの安らぎよりも、地獄の責め苦の方が似合っている! ザマァされた恨み晴らさずおくものか!」


 カルマが、やれやれと言った感じで、履いていたブーツの泥を、タオルで拭きながら言った。

「ザマァの返しなんて考えないで……大人しく平穏な生活を送っていれは長生きできたものを……この〝天下無双のカルマ〟にザマァ返しを挑むなど……愚かの極み」


 瞳を怒りで真っ赤にして、カルマに恨みを抱く灰色魔導師が空を指差して言った。

「空を見ろ! もう、おまえは終わりだ!」

 見上げると炎に包まれた隕石が、カルマの立つ地点に向って落下してくるのが見えた。


 灰色魔導師が自身満々に言った。

「別の場所にいる、呪術隊の残党仲間の力を集結させて、邪悪な古代の神が封印された隕石を、この星に落下……」

 魔導師の言葉が終わる前に、カルマが燃え盛る隕石に向って片手を向けて呟く。

「うざい……落ちてくるモノを変化させる」


 隕石がいきなり消えて、頭上を飛ぶ鳥のフンが灰色魔導師の頭に落ちる……ピトッ。

 フンの中に寄生虫になった邪神がいた。

 悲鳴を発する、灰色魔導師。

「う、うわぁぁぁ! 何をした! おまえいったい何をした!」

「別に……チートな力の一つを使っただけだ……チート能力の説明はシークレットだ……今回は見逃してやる、搾乳の邪魔をしないでくれ」


 灰色魔導師に背を向けて、竜の搾乳を再開するカルマ。

 短剣を抜いて、カルマの背後から足音を忍ばせて、忍び寄る卑劣な灰色魔導師──灰色魔導師が短剣を振り上げて叫ぶ。

「ちゅねぇ! 賽河 カルマ!」


  ◇◇◇◇◇◇


 短剣を振り下ろす前に、灰色魔導師は魔導学校で授業を受けている、少年時代に戻っていた。

 返された試験用紙の点数を公園のベンチに座って眺め、タメ息を漏らす少年時代の灰色魔導師。

「こんな成績じゃあ……怒られる」

 意気消沈している魔道見習いの少年に、話しかけてきた人物がいた。


「大丈夫……君は将来、偉大な白い魔導師になって人の役に立つ……自暴自棄ヤケクソになって道を誤ったらダメ」

 少年が顔を上げると、そこにストローハットをかぶったオッドアイの人物が立っていた。

 ストローハットを脱ぐと、その下から長い髪を一本三つ編みに編んだ、顔に縫合線が残る美しい女性……賽河 カルマが現れた。

 カルマが少年の手をとって言った。

「道を誤らないで、まだ間に合うから……やり直せるから」

 少年の周囲を時の霧が包んだ。


  ◆◆◆◆◆◆


 カルマの背中に向けて短剣を振り下ろそうとしていた、魔導師は持っていた短剣を草原に捨てる。

 純白の衣服に変わった、白い魔導師が清々しい声で言った。


「わたしは、ここで何をしているんだ? 町で一人でも多くの人を幸せにしなければ」

 そう呟いて、タイムループで人生をやり直した魔導師は。

 全身に縫合線が残る、賽河 カルマが竜の搾乳をしている、草原から去っていった。

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