針売りの少年

 今度は前の失敗を繰り返すつもりはない。武をおろそかにしたら、家臣や周りの勢力から舐められて肝心な時にまとまらず、どうせまた潰される。だからこそ、こうして実際に人材を探し、未来に備えて動き始めた。


そして、ひとまずはこの利家たちを中心として練兵をしていこうと思い、どこか身体の動かせる場所へ移動することにした。


「まずは体を鍛えよう。どんな敵にも負けないように」


俺がそう言うと、利家は小さく笑みを浮かべた。


「口だけじゃねえみてぇだな。なら俺たちも覚悟決めるか」


成政も腕を組みながら頷く。腕に筋が浮き出るのを見て、将来への期待が膨らむ。


恒興は少し後ろで利家たちの行動を見て、眉を寄せていた。


「……殿、本当に彼らを仲間にして大丈夫でしょうか、彼ら殿にも不遜な態度を示しているような気がしますが。殿を害そうと画策するやも知れません。奴らは数が多いですし、私でも殿を守り切れるか」


「心配するな、恒興。あれくらい血気盛んな武士も必要だろうし、彼らのような男たちが裏で動いて俺を害そうとするようには思えないしな。それにこのくらい気安い方が俺もやりやすくていい」


俺は胸を張って言い切った。恒興も俺の言葉に納得したのか、少し安心した顔をしたが、それでも町中の視線に注意を払っている。


通りを進み角を曲がると物売りの少年とぶつかった。


「あっ、すいません!」


その瞬間、少年は大きく転倒し、売り物だろう針を地面にばらまいてしまった。恒興が前に出て、利家がふくれっ面で少年に近寄る。


「てめえ、なにしてやがる! 俺たちの大将にぶつかりやがって!」


成政も腕を組んだまま睨みを利かせる。


「止めろ、ぶつかったのは俺の不注意だ」


俺は少年を責め立てる皆を制して、少年に手を差し伸べ、散らばった針を拾い集めた。

「すまんな、ぶつかってしまった。よければ、少し手伝わせてくれ」


少年は一瞬驚いた顔をして、針を受け取った。


「……ありがとうございます」


利家と成政は鼻で笑い、明らかに「面倒くせえ」と思っている雰囲気だ。


少年の顔を改めて見ると、細くてひょろひょろ、栄養不足だからだろうか華奢な体格をしていた。


恐らく、物売りをしていることから利家たちのような武士の子ではないだろうし、体格や衣服などを見るに平民だ。


俺は散らばった針を拾いながら、ふと胸の奥に言葉が浮かんだ。


――こういう、貧しそうな子供や明日をも知れぬ民を救える国にしたい。でも、民を救いたいなら、まず俺が生き残らねばならない。


そのためには強い軍と仲間がいる。理想を語る前に力を持たなければ、結局はまた全てを失うだけだ。


俺は針を拾い終えて少年に渡すと、軽く微笑んだ。


「気をつけろよ」


少年は深々と頭を下げ、何度も礼を言った。


俺はそのまま立ち上がり、利家・成政・恒興に目をやった。


「さあ、鍛錬に行くぞ」


三人が頷き、俺たちはその場を後にした。


だが背中に、ちょこちょことした足音が追いすがってきた。


「お待ちください!」


振り返ると、先ほどの針売りの少年が走り寄ってきていた。額に汗を浮かべ、胸を上下させながらも、目だけはまっすぐ俺を見ている。


「偉いお侍様とお見受けいたします! どうか、私もお仲間に加えてはいただけませんでしょうか!」


利家が呆れたように目を細め、成政は吹き出した。


「なんだぁ? こいつ、自分の体格を見てから言ってんのか?」


「俺たちと肩を並べるつもりかよ。冗談も大概にしろ」


恒興は少し困ったように俺の方を見てくる。だが、俺は少年をじっと見据えた。


名を尋ねると、少年は胸を張って答えた。


「日吉村の藤吉郎、と申します!」


俺は少し考え、だがすぐに首を振った。


「悪いが、今は無理だ。刀もろくに振れそうにない者を連れても、かえって死なせるだけだ。俺は無闇に家臣を死なせるような真似はしたくないんだ。分かってくれ」


藤吉郎はぐっと唇を噛み、悔しさを押し殺したような表情を見せた。


その目は、どこか底知れぬ光を宿していたが今はそれを拾い上げている余裕はない。


「……分かりました」


そう言って頭を下げた藤吉郎の声は震えていたが、すぐにまた顔を上げた。


「ですが、いつか必ず私の力を証明してみせます!だからその時は家来にしていただけますか」


俺は短く「ああ、待っている」とだけ答え、背を向けた。


利家と成政たちは鼻で笑い、恒興はまだ気にしているようだったが、俺はただ前を向く。


――今は振り返らない。


もしかしたら俺が知らないだけで未来でこの少年が何を成すのかも知れない、それはまだ分からない。だが、俺にはまずやるべきことがある。






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