第29話 うちに来な


閉店後 ルナはその夜ビジネスホテルに泊まる事にした。

その晩、


鍵が回る音。

閉めたはずのドア。

二重に確認したはずの鍵。


(……そんなはず、ない)


ルナは息を殺した。

廊下の闇から、ぎし、と床板が鳴る。

誰かが確かに部屋に入ってくる。


次の瞬間、壁に掛けていた鏡の中――

江口の影が、こちらを覗き込んでいた。



「…夢か」

靴が落ちた音で起きた。胸が潰れるように苦しかった。

(……売上は順調。でも数字も知略も、どうにもならない時がある)


スマホを握りしめたが、警察への通報は頭をよぎるだけで無意味に思えた。

水商売の女が、誰に守ってもらえるのか。


──その夜、江口はまた現れた。

「毎日来るって言ったよね。月子ちゃん」

「・・・・・」

店に出ても笑顔は作れなかった。

江口はまた高額のシャンパンを開ける。

客の前でグラスを持つ手が震え、佐川に「大丈夫か」と声をかけられる始末。


閉店後。

バックヤードで荷物をまとめていると、背後から声がした。


「……アンタ、家に帰れないんじゃないの?」


振り返ると春が立っていた。

ルナと別格の売り上げを誇る

No3 春

いつもの挑発的な笑みではなく、淡々とした声。


ルナは思わず言葉を飲み込んだ。

「……見てたんですか」

「そりゃあね。

 深夜に嬢の遺影もって現れるなんてこんな街でも相当異常」


春は肩をすくめた。

「警察も動かないんでしょ?」

「…はい」

「 だったら──あんた、今夜はうち来なよ」


「え……」


「ああいうタイプはどうせ当分は居座る。

 馬鹿正直に帰ったら危ないだけじゃん」


ルナは目を見開いた。

敵だと思っていた女が、こんな言葉をかけてくるとは思わなかった。


「……でも」

「いいから。愛嬌も色気も、武器にならないときはある。

 だから──こういう時は『女同士で生き延びる』んだよ」

「…」

ふいにルナの目に涙が溜まる。

この街に来て数か月。母親には学費打ち止め。

歌舞伎町で頭を使い金を稼ぐ日々、気付けば心の余裕がなかった。


「泣くな。涙は客にボトルを開けさせる時だけにしろ。

 そうじゃないと、この町に呑まれる」


春はそう言って、鞄を肩にかけた。

「ほら、行くよ。ついてきな」


──人気の少ない深夜の街を、二人で並んで歩く。

春の背中は小さく見えたのに、不思議と心強かった。


ルナは小さく呟いた。

「……警察も守ってくれないんですね」


春は横目でルナを見て、鼻で笑った。

「それが水商売の現実。だから自分の身は自分で守る

それでも守れなかったら、先輩を頼るんだよ」


その言葉に、ルナの胸が熱くなった。

数字では測れない“救い”が、確かにそこにあった。


【現在ステータス】

資金:332万円

残り:668万円/255日





────

次回更新 10/18(土曜) 21:00

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