親戚の集まりで年上のお姉さんに買われる話

SEN

第1話 怪しいお姉さん

 忘れられない夏の思い出は何か。そう聞かれたら、きっと私はこの日を思い出すだろう。




 親戚の集まりが苦手だった。本当は友達と遊びたいのに、親の都合とか日本の伝統とか、そんな私にとってはどうでもいい理由で貴重な時間を奪われる。血という繋がりしか持たない、親戚という知っているだけの他人に囲まれるストレス。そんな奴らから自分のことを根掘り葉掘り聞かれ、正直に答えなければならない理不尽。そんな場所で楽しそうにする彼らが不気味で仕方なかった。


「はぁ……」


 広い座敷に背を向けて、縁側に座り込んで立派な庭園を眺めながらため息をつく。そんな憂鬱な私をよそに、庭園の鯉は優雅に泳いでいる。


 道中に車がガタガタと揺れるような道の先にある妙に広い屋敷。木々に囲まれ、虫たちの騒音に悩まされるここに私たちの親族は毎年集まっている。今年もお盆にここに連れて来られた私は、楽しそうに食卓を囲む彼らから逃げるようにこの場所に座っていた。


 こんな機会にしか会わないなら、たとえ血が繋がっていても他人だ。そんな彼らと仲良くしようなんて思えない。ただ、そんな彼らが送ってくるお年玉をありがたく使わせてもらっているから、直接文句をいうことはできない。やり場のない憂鬱を胸に、今年も私は鯉の観察で時間を浪費していた。


 山奥だから涼しいのは数少ない利点だけど、その代わりに耳をつんざく蝉の声と明日から襲い来るであろう痒みがそれを打ち消している。虫除けスプレーと蚊取り線香程度ではこの大自然から身を守ることはできないのだ。


「虫捕りにでも行ってやろうか……」


 きっと塀の外に繰り出せば、適当に虫網を振るだけで蝉やらカブトムシが捕れるだろう。ただ、捕まえた虫たちを育てるほどの熱量も知識も私にはない。いたずらに虫の命を弄ぶのも気が引けるので、やはり私は鯉の観察くらいしかやる事がないのだ。


 さて、あの黒い鯉がそろそろ池を七周するぞ。端っこで漂うだけの赤い鯉たちよりも、活発なあの子の方が観察のやりがいがある。そんなことを思った時だった。


「だーれだ」


 私の視界から鯉たちが消えて、眩しいばかりの日差しが暗闇に変わった。背後から聞こえてきたのは女性の声。けれど、その声は私のお母さんや叔母さんのように枯れていない。清流のように澄んでいて、川で冷やしたスイカのように瑞々しい女性の声。かれこれ十数回も親戚の集まりに参加しているが、こんな声は聞いた事がなかった。


「……腹違いのお姉ちゃん」

「ぶっぶー、うちの家系はそんなにドロドロしてませーん」


 どうやら昼ドラは始まらないらしい。瑞々しい声の彼女は私の目元から手を離して、夏の日差しを返してくれた。彼女が何者であるか確かめるために振り向くと、そこには美人のお姉さんが子供のような笑顔で立っていた。


「誰ですか」


 肩まで届く黒い長髪。自分だけ夏の日差しを浴びていないのかと思うくらい白い肌。それに負けないくらい白いワンピースを着て、室内なのに麦わら帽子を被っている。まるで夏の幻想かのような雰囲気の彼女は、綺麗だと思うと同時に、あまりにも怪しい人だった。


「ここにいるってことは、親戚ってことじゃないかな?」

「はぁ……名前、なんていうんですか」

「ヒナタって呼んで。あなたは?」

「じゃあナツキって呼んでください」


 彼女が名前しか教えてくれなかったから、私もそれに合わせる。


「じゃあナツキ、今からおねーさんと遊ばない?」

「いやです」

「即答?! もう少し考える素振りだけでも見せてよ!」


 怪しい人について行ってはいけない。幼稚園の頃から何度も教えられた常識だ。退屈で暇ではあったけど、こんな怪しいお姉さんについて行くような危険はゴメンだった。


「お願いだよー。ここにいたら結婚とか孫とか催促されるから嫌なんだよー」

「だったら一人で外に行ったらいいじゃないですか」

「一人は寂しいじゃん!」


 それはそう。ただ、年下である私に駄々をこねる彼女の姿は軽蔑する。初孫を催促されているあたり、おそらく彼女は社会人。こんな大人にはなりたくないと心の底から思った。


「本当にダメ?」

「嫌です。外は疲れるので」

「えー……うーん……あっ、そうだ!」


 ヒナタはどうにかして私を連れていきたいらしい。彼女は中身のなさそうな頭をぐりぐりこねくり回すと、何か妙案を思いついたようで、明るい顔になってポンと手を叩いた。


「私がナツキを買ってあげる!」


 夏だからだろうか。怪しいお姉さんから春を求められた。

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