第三章 心想事成

第18話 淡々と、粛々と

 落書きや電話は徐々に治り、心理的にも身体的にも余裕が出てきた頃、僕は隊長に呼び出された。ノックをして隊長室に入る。そこにいたのは隊長と、


「ずいぶん遅い集合ネ。待ちくたびれたアル」


 翔宇くん。なんだかんだで彼と共に仕事をするのは初めてだ。


「今回きさまらに討伐してもらうのはナマズ。危険度は低いでちが、身を隠すのが得意だとのことでち。慎重に行動するでち」

「はい、わかりまし……」

「さっさと行くネ。我は忙しい。モタモタしてる時間はないヨ」

「えっ、あ、うん……」


 せめて返事くらいはしておこうよ。複雑な気持ちになりながらも任務へ向かった。


 着いた場所は寂れた商店街。確かにここなら隠れ場所も多そうだ。


「ちょっと広いし、ここは手分けして……」

シュンッ

「ええっ!?」


 翔宇くんが物凄いスピードで僕の横を通り過ぎる。完全に置いて行かれた。とても追いつける速度ではない。呆然と立ち尽くしていると、奥から廃魚の咆哮と共に水っぽい音がした。

 少し赤く染まった翔宇くんが戻ってくる。あの一瞬で倒してしまったらしい。僕は何もできなかった。


「奥から七番目の本屋に死体ある。回収しとくネ」


 それだけ言い残し、翔宇くんは消えた。実力があるのはいいが、いささかコミュニケーションが足りないのではないか。不満に思いながらも死体の回収に取り掛かった。僕に残された仕事はこれだけだから。


 達成感のないまま本拠地へ戻る。いつも通り隊長がいる。隊長は頭を抱えため息をついた。


「やっぱりダメでちたか……」

「え?何がですか」

 

 隊長が二度目のため息をつく。廃魚討伐も滞りなく終わり、特に失敗した所などないはずなのだが、何か問題があったのだろうか。


「翔宇のことでち」

「翔宇くん、ですか」


 想像していなかった単語が出てきて困惑する。彼のことで何が特段問題があった訳ではないのになぜ話題に……、まさか自分が何か!そう考えたが、隊長に否定された。


「翔宇は一匹狼な性格なんでちよ。だから協力ができないんでち。翔宇自身、かなりの実力者でちが、一人ではアンコウの様な強力な廃魚には勝てない。入隊して短期間で素晴らしい連携をしていた湊とならもしや、と思ったんでちが……。案の定って感じでち」


 なるほどどうりで。彼のアレは本質的なものなのだろう。それなら仕方がない所もある。

 僕自身、漁猟隊の皆と打ち解けるのは早かったと思うが、それは皆が歩み寄ってくれただけで僕自身の努力ではない。人との接し方なんて、本当はわからないのだ。


「翔宇のことも考えてしばらくは湊と組ませようと思っているんでちが、良いでちか」

「はい。僕は大丈夫です」

「それじゃあ頼むでちね」


 隊長の頼みを了承する。いつも受け身ではいけない。僕からも歩み寄らなければと思った結果だ。きっと愛鈴や雄大と同じ様な仲になれる。そう思っていた。しかしその考えは煮詰めた砂糖よりも甘かった。


「翔宇くん、おは」

「無駄話する時間はないアル」


「翔宇くん、あの」

「邪魔。どくネ」


「し、翔宇くん……」

「…………」


 話しかけて一言返されればいい方。大体は無視される。会話という会話はできていない。仲良くなるなんて無理なのかとすら思えてきた。


「はぁ………」

「おっ、デカいため息だな。なんかあったか」

「雄大。実は……」


 僕は翔宇くんとあまりうまくいっていないことを話した。雄大は意外にも真剣に聞いてくれた。


「翔宇はな、人間不信なんだよ。アイツは廃墟で人身売買の取引をされている最中に隊長に助けられた。心の傷が深いのか、直接助けてくれた隊長にしか心を開いてない」

「そう、なんだ」

「身寄りがいないっていうので八歳から仕事してるからプロっちゃプロだが、アイツも子供だ。甘えたい盛りだろうに」


 雄大が目を伏せそう呟く。翔宇くんとは長いのかもしれない。僕は翔宇くんの過去を知らない。だから、あんな無責任なことを考えてしまった。この場にいる人は皆、苦しんできた人なのに、僕は考えなしに行動していた。


「ありがとう雄大。少し、やり方を変えてみるよ」

「おう、がんばれ。俺も昔失敗したからさ!」

「エッ」


 頼むからこういう自信をなくす様なことを言うのはやめてほしい。心の底からそう思った。

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