第17話 それでも僕は
暗い雰囲気の中ただ無意味に時間が過ぎていく。壁の落書きは消すことはできたが、あの光景は頭の中にこびりついている。
僕達を見る世間の目は冷たい。いくらがんばったところで、ああいった行為は消えないだろう。僕はそれをよく知っている。
「なぁ、愛鈴。やっぱり見せない方がよかったんじゃないか。湊はまだ部隊に入って一週間の新人だ。なのにあんな悪意に晒すのは……」
「じゃあ慣れてきた頃に見せろっていうのかよ!?世のため人のために頑張ってきた結果はコレだって、必死こいてやってきた後に残酷な世間様の目をよ!」
「それは………」
掃除の後、ずっと二人は言い争っている。僕にあの光景を見せるべきだったか悩んでいるらしい。僕はそれを諌めることもできずただ座ったまま唇を噛むことしかできなかった。
誰も幸せにならない言い争いを見ていると、奥から隊長が出てきた。明らかに以前よりも顔色が悪い。相当参っている様だ。
「何をしているんでちか。こんな無意味なことはやめるでち。これは知らなければならないことでちが、少しは心の準備をさせた方がよかったでちね」
「………はい」
隊長はすごい。少し言っただけで二人を止めてしまった。
「気にすることはないでちよ。しばらくすれば自然に治ることでちから」
「………なんで、普通に振る舞えるんですか」
これ以上は言うな。頭ではわかっていても、僕の口は止まらない。
「命をかけて戦った後に、そんな仇で返してくる様な奴らなんて見捨てればいいじゃないですか!?嫌にならないんですか。そんなの、逃げたかったあの頃と同じじゃないか……」
嗚咽が漏れる。悔しかった。悔しくて悔しくてたまらなかった。別に称賛されたい訳ではない。ただあんなに必死でやったのに、なぜさらに苦しめられなければならないのかわからなくて辛かった。
「それでもやるしかないんでちよ。ウチらは、こういう星のもとに生まれたんでち」
わかっていた。自分たちの判断で役割を放棄することができないことくらい。それでも、叫ばずにはいられなかった。こんなに優しい人達に傷ついてほしくなかったから。
隊長がうずくまった僕の背中を撫でる。それは小さな手のはずなのにとても大きく感じられた。多くの理不尽や不条理をこの小さな体で一身に受けている。
僕は、とてつもなく無力だ。
「湊、これを見るでち」
そう言って渡されたのは一通の手紙。手紙にはこう書かれていた。
『息子を助けていただきありがとうございます。あなた方のおかげで息子は無事帰ってくることができました。この感謝は一生忘れません。本当にありがとうございます。』
「………ッ!」
「これはきさまらが助けた被害者の母親からの手紙でち。ウチらはちゃんと人の役に立てている。だから、誇りを持っていいんでちよ」
穏やかに笑う隊長の表情は、僕に足りなかったもので溢れていた。
ちゃんと、役に立てていた。その事実を理解した途端、さっきまでとは違った涙が溢れてきた。僕達がやったことは悪ではなかった。心の底から安心した。
「きさまらのやってきたことは正しい。だから大丈夫でち。だから、きさまらは気にする必要はないんでち。よく、がんばったでちね」
「うっ、グスっ……、はい!」
「さっ、食事の時間でち。こんなことをしている間にも、任務は溜まっているでちよ!さっさと食べて、仕事を全うするでち!」
「……ッ、はい!」
世間は僕達に冷たい。それは紛れもない事実だ。けれど、その中にも感謝してくれる人がいる。一緒に苦しむを乗り越えられる仲間がいる。それだけで、僕は満たされる。
これから何があろうとも、僕は廃魚漁猟隊の一員として、その役割を全うする。それが、僕にできる精一杯のことだ。
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