第16話 無知の刃

 アンコウ討伐が終わり、回収した遺体を遺族に引き渡してから数日。隊の雰囲気がどこかピリついていた。

 愛鈴は険しい顔をして、雄大は心配そうな表情で隊長を見ていた。隊長はここ最近、あまり眠れていないのかクマができていて、疲れた顔をしている。


「あ、あの……、大丈夫、ですか」

「えっ、ああ…、大丈夫でちよ。湊が気にする必要はないでち」


 そう言うが、明らかにいつもと違う。不信感を抱きながらその顔を見ていると奥で電話が鳴る音がした。普段は全くと言っていいほど鳴らないのに、ここ最近は常になり続けている。


「またでちか。ちょっと出てくるでち」

「隊長、無茶はしないでください。あの電話は俺が」

「きさまらに、嫌な思いはさせたくないんでち」


 そう言って隊長は奥へ消えていった。本人は大丈夫だと言っているが、僕はそうは思えない。一体何があったというのだろう。


「湊、ちょっといいか」

「何、どうかした」


 神妙な面持ちで愛鈴が声を掛ける。相当なことがあったのだろうか。


「いや、テメェもこの仕事をする上では知っておくべきだと思ってな」

「愛鈴、それは……」

「邪魔すんな雄大。これはちゃんと知らなきゃいけねぇんだ。いつまでも隠し通せる訳でもねぇ」


 愛鈴は僕の腕を掴み、思い切り引く。


「行くぞ」


 こちらを見ることなく歩みを進める愛鈴の後ろ姿を見ながら外へ出る。少し崩れた本拠地へ入る入り口。そこには目を疑う様なものがあった。


 役立たず、出ていけ、死ね。数多の罵詈雑言の落書きの数々。明らかに悪意の元やられたとしか思えないものばかりだ。


「これでわかっただろ。どうして隊長があんな顔をしてたのか。原因はこれだ。廃魚による被害者が多数出ると毎回こうなる」


 声が出なかった。理解ができなかった。なぜこんなことをするのか、わからなかった。

 僕達は廃魚を討伐した。皆が安全に過ごせるために良いことをしたはずだ。なのに、なぜ飛んでくる言葉がコレなのか。


「コレをやっているのは被害者の遺族じゃない。全くの赤の他人、第三者だ。大量に被害者を出しているのに廃魚を討伐できなかった無能な部隊を罰するという愉悦に浸っているクソどもの仕業だ」


 愉悦に浸る?コレの何が楽しいのだ。いや、そうだった。この世にはそういう人間がゴロゴロいるのだ。僕だって経験したじゃないか。


「政府はこのことに無関心だ。それどころか、面倒な死体の回収、遺族への連絡だって全部こっち持ちだ。アタシ達は正義のヒーローじゃない。面倒なことを押し付けられる都合のいい存在なんだよ」


 そうか、ようやくわかった。ずっと感じていた違和感の正体。なぜ廃魚の討伐を終え、疲労困憊の隊員に死体の回収をさせるのか。

 僕達は、あくまで道具としか見られていなかったのだ。


「紗代香がいなくてよかった。あの子は純粋な善意でこの部隊に入ってきた子だ。こんなものは見せられねぇよ」

「……隊長は、何をしてるの」

「ひっきりなしに来る迷惑電話と取材を捌いてる。入り口まで来るやつは環木さんがやってるよ」


 隊長は常にこんな悪意に晒されているのか。言葉の刃は文字よりも声の方がキツイ。隊長は自ら進んで僕達を守ってくれている。


 あんなにも優しい人を、なぜ責めることができる。


「掃除、手伝ってくれ。雄大もやってくれるが、それじゃ手が足りない」

「わかった。やるよ」

「ありがとな」


 会話はない。ただ淡々と作業する。洗剤とタワシで徐々に落書きを落としていく。


 やっと居場所を見つけたと思っていた。だけど、結局は変わらなかった。いや、むしろあの頃よりも苦しい。この刃が向けられるのが僕だけならまだよかったのに。仲間に向けられる刃が自身に向けられるものより苦しいだなんて知らなかった。


 何も知らないくせに。僕達の苦しみも、現状も知らないくせに、勝手にわかった様に責め立てるなよ。壁を擦る手に思わず力が入った。

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